第三幕、御三家の矜持
「副会長に立候補なんて、馬鹿みたい」
そんな蝶乃さんが見ていたのは、どうやら桐椰くんのポスターだったらしい。蝶乃さんっていつでも桐椰くんのことを口にするけれど、そんなに鼻につくのかな。そうだとしてもそうでないとしても、こうして蝶乃さんに桐椰くんを馬鹿にされるとカチンとくる。
「そんなに馬鹿らしいかな。桐椰くんの勝手じゃん」
「落選するだけ哀れじゃない」
「桐椰くんは当選するんじゃないの。蝶乃さんと違って友達多いし」
今度はぴくっとその口元が動いた。不快なものが肌に触れて反射的に反応してしまったかのような表情。
「馬鹿ね、友達の数だけで当選するかしないかが決まるとでも思ってるの?」
「友達の数が人徳とか信頼とかそういうものも表すとは思わないんですか?」
「そんなことは言ってないわ。副会長を務めたいならそれなりに頭も必要だって言ってるの」
「確かに桐椰くんはお人よしの権化だけど、物事の一側面を捉えただけで自分を差別化したがるどこかのお嬢様よりよっぽどマシだと思います」
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれる?」
「いつも蝶乃さんには理解しがたい難解な言い回しをしてしまってごめんなさい」
バチバチと無駄な火花が散る。クラスマッチのときに同じようなことを言ってるのに、どうやらまだ分かってもらえないらしい。分からせようとする私も大概傲慢だけど。
ややあって、蝶乃さんはふんっと顔を背ける。
「ま、どうでもいいわ、あなたなんか。どうせ桐椰くんが副会長に立候補した理由も知らないんでしょう?」
「知ってるに決まってるじゃん。急に生徒会なんかに入るんだから、本人に訊いたよ」
半分嘘だった。桐椰くんに理由を訊ねたのは本当だし、桐椰くんが答えたのも本当。でも本音と建前のうち、本音については聞けていないままだ。
でも蝶乃さんの前で「知らない」と口にするのは癪だった。なんなら、蝶乃さんの口調からすれば、蝶乃さんは桐椰くんが立候補した理由を知っているのかもしれないけれど、蝶乃さんの口から聞くなんて有り得ない。私が知らないのに、蝶乃さんだけが知ってて、それを得意げに語られるなんて、想像するだけで虫唾が走る。