第三幕、御三家の矜持
「……桐椰くんは蝶乃さんの指名役員になるつもりはないと思うけど」

「まぁ保留にはされてるけど」

「いや断ってたよね、私を役員に誘ったときですら」

「あれは保留よ」

「いや断固拒否でしょう」

「何の意地よ、それ」

「蝶乃さんこそ、実は桐椰くんに未練タラタラなんですか?」


 そんな台詞を遣ってからかう相手は、いつもなら桐椰くんだった。そうでなくても、蝶乃さん相手にそんなことを言う日がくるとは思ってもみなかった。


「はぁ? そんなわけないでしょ、なんでこの私が」


 もちろん、蝶乃さんは鬱陶しげに、なんならいつも以上にこちらを馬鹿にした顔で否定するだけだ。

『この私が最初に指名役員に誘ったっていうのに』

『いい加減御三家をやめて指名役員になる気はない?』

『桐椰くんならまだ歓迎してるけど』

 でも、思い返してみれば、どう考えても蝶乃さんは桐椰くんに拘りすぎている。松隆くんも蝶乃さんがしつこく桐椰くんを勧誘してるって話はしていた。あの時は、優しい桐椰くんは扱いやすいから手駒にぴったりだとでも思われてるんだろうとばかり考えていたけれど……。


「口では散々貶すわりに桐椰くんに拘るなぁと思って」

「何かとうざったらしいだけよ、今回だって副会長なんかに立候補して」


 そんなものになったら、あたしの補佐をすることなんてなくなるじゃない──。

 その小さな呟きの真意は、どちらなのか。


「……ま、いずれにせよ、あなたには何一つ関係のない話よ」


 ふいっと、また顔を背け、蝶乃さんは立ち去った。振り向いてその後ろ姿を見つめるけれど、蝶乃さんが振り返る気配はもちろんない。


「……変な人」


 そんな蝶乃さんと話していたお陰で、選挙までの時間を潰せた。体育館へ向かうと、秘密選挙とすべくパーテーションが設けられ、各ブースで投票することになっていた。クラスごとに整列し、流れ作業のように名前を書いて投票する。

 そして、出席番号順の整列なので、私の目の前に立っているのは有希恵だ。

 先に並んでいる有希恵がわざわざ私を振り向くことはない。これから鹿島くんが無名役員をなくしたら、有希恵はどうなるんだろう。今まで虐げられてきた一般生徒と、虐げられない代わりに専属奴隷よろしくパシられてきた無名役員とが、簡単に希望役員と同列になれるとは思えない。


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