第三幕、御三家の矜持
 何の話か分からないとは言わせない、なんて台詞が穏やかな声の裏に聞こえる。藤木さんが目を逸らせば、蝶乃さんは庇うように松隆くんを睨み付ける。


「言いがかりはやめてよ。そうやって言えば知らないことまで勝手に喋るだろう、なんて姑息な魂胆が丸見えよ」

「あ、そう。こっちが知ったかぶりしてるって言いたいなら、お望み通り知ったかぶってあげようか」


 松隆くんが鼻で笑えば、隣の月影くんが断罪開始を告げるように眼鏡を押し上げる。


「藤木、君は三隅(みすみ)第二中学出身だな。同級生の渋谷祥平(しょうへい)という名前に心当たりはあるな」

「……そんな人知らない……」

「少し前に彼に会う機会を設けたんだが、総と遼と話しているうちに口が軽くなったらしい。これは体育祭のときにも話したな」


 藤木さんの言葉を無視して、月影くんは淡々と続ける。相手がいずれ袋小路に迷い込むことを分かっていながら、そうと気づかせずに追いかけているような口振りで、最初から証拠を叩きつけられるよりずっと怖い。目を見開いた藤木さんは、空気を求めるように僅かに口を開いたけれど、何も言わなかった。代わりに松隆くんが嗤う。


「男にちやほやされれば嬉しいのかもしれないけどさ、それにしたって自分を好きな相手をいいように使って桜坂を陥れようなんて、いい度胸だよね?」


 あぁ、まごうことなき蝶乃さんの親友だ──なんて感想を抱いてしまったけれど、よくよく考えればそれは私が蝶乃さんに抱いている偏見で、蝶乃さんが威張っている様子はいくらでも見ても、男子を利用しているのは見たことなかった。


「渋谷は話を持ち掛けたのは自分だって言ってたけど、本当のところどうなの? 渋谷は俺と遼に殴られたことを恨んでたらしいけど、あんな雑魚を相手にした覚えはないんだよ。三隅第二中学は少し離れてるし。あの日あの場所にいたメンツは俺達を殴りたいヤツの集まりだったけど、それは俺達を殴りたいから集められただけとも考えられるんだよね」


 つまり、御三家を好きに殴れるとさえ言えば、あの日工場にいたメンバーを集めることは容易だったと……必ずしも首謀者が御三家に恨みを持っている必要はなかったということだ。

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