第三幕、御三家の矜持
 プツッ、と音声は不自然に途切れた。月影くんが録音を再生する途中で止めたせいだ。その続きには私に聞かせたくない会話でも入っていたのだろうか。

 ただ少なくとも、藤木さんが顔を青くするには、この十数秒の会話で十分だった。


「頼んだんだな? 藤木、お前が、渋谷に」


 一言一言、言い聞かせるように、静かに重々しく響く声。


「で、蝶乃。お前、初耳だって言ったけど、随分物忘れが激しいんだな? 成績が悪いのも頷けるよ」


 いつも通りに丁寧ながら、僅かに乱暴な松隆くんの声。蝶乃さんの顔からは一気に余裕が消えた──けれど、一瞬で開き直ったように松隆くんを睨み付ける。


「成績は関係ないでしょ」

「ただの皮肉なのに食いつくなよ、馬鹿なの?」

「大体、勝手に録音するなんて犯罪──」

「は?」


 蝶乃さんの台詞を叩き切るように、心底非難するような強い口調で疑問と怒りを露わにしたのは、松隆くんじゃなかった。


「お前本気で言ってんの?」


 その声の主に蝶乃さんは困惑した表情になるけれど、そんなの私だって同じだ。


「お前らがコイツにやったことが犯罪じゃねーか」

「あたしは別に何も──」

「お前、あんな工場に連れ込まれて、知らない男に襲われることがどんだけ怖いのか分かんねーのかよ?」


 久しぶりに聞く、桐椰くんの怒った声。普段どれだけ声を荒げることがあっても、ここまで怒る声なんて聞かない。せいぜい聞いたことがあるのは一度だけ、雅の事件のとき。その時の桐椰くんの表情を見ることができていないからだろうか、今聞いている、怒気を孕んだ声はあの時よりも怖く感じた。


「だからあたしは何もしてない──」

「菊池使えば亜季を誘き寄せるなんて簡単だって藤木に話したのはお前だろうが!」


 雷でも落ちたみたいだった。文字通り肩が震えてしまうほど驚いたのは私だけで、きっと蝶乃さんと藤木さんが感じたのは、恐怖だった。


「再生されないってことは録音されてないとでも思ったのか? 入ってんだよ、藤木がお前に向かって、折角菊池のこと教えてもらったのにって話してるところも。お前こう答えたよな、『せめて元カレに裏切られて傷ついてればいい』って。ここまでしといて何もしてない? ふざけんじゃねーよ!」


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