第三幕、御三家の矜持
 散々聞きなれた声の、聞き慣れない怒鳴り声が、ガンガン頭に響く。目をいっぱいに見開いた蝶乃さんの目が潤んでいた。呆然と開かれた口からは渇いた声が漏れる。


「……でも、あたしが未海に話したのは、桜坂さんは元カレの菊池くんさえ使えば簡単に誘き寄せられるってことだけ……」

「だけ? 馬鹿言ってんじゃねーよ、その話がなかったら藤木の計画が上手くいくわけねーだろ!」

「でも菊池くんを脅したのも桜坂さんを襲ったのもあたしじゃない……」

「くだらねぇ言い訳すんじゃねーよ、亜季を襲ったヤツとお前は同じじゃねーか!」

「でも直接やった人とは全然違うじゃない! 大体なんでこの子ばっかり庇うわけ!?」


 落ち込んだように声も少し小さくなっていた蝶乃さんが、不意に桐椰くんに張り合うように声を荒げた。なんなら私のことを指差してまで。


「なんでこの子にばっかりそこまでしてあげるの!? 桜坂さんの何がそんなに偉いわけ!」

「今はそんなことどうでもいいだろ」

「どうでもよくない!」


 そしてそのまま金切り声に変わる。


「あたしには全ッ然そんなことしてくれなかったくせに! いっつも上辺(うわべ)だけ優しいフリして本当はあたしに何の興味もなかったくせに! あたしには何にもしてくれなかったくせに、なんで桜坂さんのことだけ庇おうとするの!?」


 泣き叫ぶようなその声に、桐椰くんは一瞬口を噤んだ。おそるおそる伺ったほかの人の表情はといえば、月影くんは眉を顰めているし、松隆くんはびっくりしたように目をぱちぱちと瞬かせていた。藤木さんの表情は、蝶乃さんに隠れて見えなかった。


「そういうところが偽善者だっていうのよ! あたしに本当に優しくしてくれたことなんて一度もない! どんなに一緒にいても好きになってくれないどころかあたしに見向きもしない! そういうところが大ッ嫌いだから別れたのに、なんであたしとは違う態度を見せつけるわけ!?」


 非難めいたその泣き言は、告白みたいなものだった。


「分からないんでしょ、親に愛してもらえるアンタなんかに、産まなきゃよかった子供なんて邪魔なだけだなんて言われるあたしの気持ちなんか! だから結局親に愛された温室育ちみたいな子しか好きにならないんでしょ!」


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