第三幕、御三家の矜持
 苦し紛れの理由は、苦々し気な松隆くんの声に否定された。そうだ、松隆くんは夏休みに桜坂家まで来ていた──松隆くんのお母さんと一緒に。父親同士が旧友だというのなら、母親同士も名前くらいは知っているはずだ。

 あの人はどうだろう……。“松隆さんの奥さんが”なんて口にしていたけれど、それ自体はどうとでもとれる呼び方だ。全てを知っていると断定はできない。

 ……やはり何よりも奇妙なのは、松隆くんのお父さんだ。自分の息子が旧友の家まで行ったというのに、それを知らずにいるはずがない。松隆くんのお母さんだって、わざわざ息子に謝罪させておきながら、それを夫に伝えないはずもない。

 つまり、私のお父さんも松隆くんのお父さんも、互いの繋がりを隠したかったと考えるのが自然だ。


「あのっ!」


 奇妙な疑念に染まった空気の中、藤木さんの声が私達の思考を遮ろうとする。


「その、菊池くんを脅したのが誰かとかは本当に知らないんです! 知ってるのは、菊池くんには幕張匠って名前を出せばいいってことだけで!」


 大した情報にもならないのに、そんなことを言うことに何の意味があるのだろう。ここまできて、まだ少しでも自分の責任を軽くしたいのだろうか。呆れて物も言えず、ただ目を伏せた。ついでに、松隆くんの名前が出てもこれしか言わないってことは、本当に藤木さんは何も知らないんだろう。蝶乃さんに至っては「それ誰?」なんて顔までしている。


「……幕張匠の名前を出せばいいって藤木さんに教えたのは誰なの?」

「……桜坂さんの知らない人だし」

「それは私が判断する」


 往生際悪く足掻こうとする藤木さんを睨めば、松隆くんの父親という存在の手前黙秘することはできず、藤木さんは苦々し気な表情でそっと口を開いた。


鶴羽(つるは)って人」


 ──そして、その口から出た名前に目を見開く。


「鶴羽樹って、言ってた」


 その、名前は、“桜坂亜季が幕張匠の家に出入りしている”と松隆くんに教えた人のもの。


「鶴羽樹だと?」


 月影くんも驚いた声を上げる。

< 200 / 395 >

この作品をシェア

pagetop