第三幕、御三家の矜持
 “餞別”なんて単語の違和感に顔を上げれば、松隆くんが藤木さんに差し出しているのは、数冊のパンフレットだった。それぞれ二、三ページ程度しかないだろう、厚紙のカラーパンフレット……。


「なに、それ……」

「分からないの、高校のパンフレットだよ」


 困惑した藤木さんに構うことなく、松隆くんは冷ややかに告げた。


「俺達の前から消えろ」


 藤木さんは唖然とするあまり言葉を失い、パンフレットを受け取ることなどできない。そんな態度を鬱陶しいと言わんばかりに、松隆くんは手首を軽く動かしてパンフレットの存在感を強める。


「分からない? 桜坂に手を出した女子に、俺達は何度も言った、二度と同じことをするな、ってね。でもそれは何もソイツらに限った話じゃない、誰も桜坂には手を出すなって言ってきたんだ。それを知らないはずないだろ? 分かったら消えろ。そうでなくても、お前がやったことはレッドカードで問答無用の退場だ」


 そこまでしなくていい、なんて声は喉に引っかかって出てこなかった。私のためにそこまでする必要はなくても、雅を傷つけた人だと考えれば同じことだ。御三家の中での意味と、私の中での意味が違うだけで、状況に違いはない。

 藤木さんが転校を余儀なくされているという、この状況に。


「……なんで」


 松隆くんのこの一言だけで、本当に藤木さんはこの学校からいなくなることになるのだろうか。御三家の言葉には、それだけの力があるのだろうか。償うべきだから転校で済むなら安いものと私が言うのは、赦されるのだろうか。


「なんで、あたしが、そこまで……!」


 悲鳴以上に悲痛な叫びに、なぜかチクチクと心臓を刺されている気がした。


「そこまでのことをしたって、まだ分からないの?」

「桜坂さんを襲わせたのはやりすぎかもしれないけど、それでも、でも……」


 そのせいか、私を睨んだ藤木さんの目に浮かぶ涙が、本物なのか偽物なのか判別がつかなかった。


「あたしはただ、桐椰くんを好きだっただけなのに……!」


 今日だけで二度も聞いたその告白を、高みの見物よろしく聞くだけの価値が、私にあるんだろうか。

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