第三幕、御三家の矜持

「だからここまできてまだ桜坂に声をかける理由があるとしたら、本当に桜坂を好きか、危ない橋を渡りたいただのドＭか、まだその危険の程度を理解できていないただの馬鹿か」


　本当に私を好きという可能性が限りなく低いかのような声音だったけど、何も言わずにおいた。


「そもそも男の鳥澤がそこまで桜坂を恨む理由があるのかって話だし」

「……そうですね」

「幕張のことで何かあるならまだしも、鳥澤のことをいくら調べても幕張のまの字も出てこないからね」

「……なるほど」

「……だから俺がいま気になってるのは遼のほうだよ」


　一拍の後、少し躊躇いがちに出てきた名前に、少しだけドキリとした。でも表情には出なかった。それでも、そんな私の些細な変化を、松隆くんは鋭敏に感じ取ったらしい。その眉がピクリと寄った。


「……あの日、何もなかったって言ったけど、本当に？」


　あの日、というのは生徒会選挙の日だ。


「本当です本当です。何もないです」


　松隆くんは疑いの目を向けるけれど、本当に何もない。ちょっとひやひやしながら帰りを送ってもらったけど、桐椰くんは何も言わなかった。なんならずっと無言だった。桐椰くんとは、そんな帰り道が最近よくある。


「散々蝶乃と藤木を責めた挙句、藤木の告白は桜坂の名前を出してまで拒否。いい加減タイミングだと思うけど、アイツ何やってんの」

「まぁまぁ、いいじゃないですか、そんなことは」

「……遼に好かれたくない理由でもあるの？」


　その目が語るのは疑問から疑惑に変わる。それでも態度は変えずに、飄々と「さぁ、別に何もないですよ」とだけ返す。色んな意味で松隆くんに話すことではなかった。


「……じゃあ、鳥澤と付き合う気はあるの？」

「あったら告白断ってないと思うんですけど……」


　話が変わったことに安心しつつ、松隆くんにしては妙なことを訊いてくるので冗談交じりの声を出してしまった。気が変わったかどうかを訊いているとしても、それならデートの返事に悩むこともないと分かるだろう。


「鳥澤と遼と、随分態度が違って見えるからさ」

「……態度？」

「うん、態度」


　不意に松隆くんの瞳に探るように見られて、思わず目を逸らしたくなった。


「遼には、告白されること自体を怖がってるように見える」