第三幕、御三家の矜持
 違う──? そう目だけで念押しされている気がした。お陰で、まるで心臓が手に握られてしまうような感覚を覚える。


「……気のせいだよ」

「……鳥澤の告白には困ってるように見えなかったから、気になったんだけど」

「……友達と全然知らない人とじゃ違うよ」

「それにしたって、随分必死に見えるよ。話を聞いてる限りね」


 話……って、何のことだろう。思い当たることはいくつもあるけれど、松隆くんが聞いていることとなれば何のことかは分からない。お陰で目を逸らしながら「別にそんなことは……」なんて下手な誤魔化し方しかできない。松隆くんの目は私から離れない。


「……桜坂を好きだってことを隠さなかったら、俺も告白さえさせてもらえなかったのかな」


 そして、そんなことを言われたら、もうどうしようもない。体の中で心臓が飛び上がり、胸から喉は締め付けられたように一気に苦しくなった。

 なんで、桐椰くんの話をしてるときに、その話が。


「……えっと」

「桜坂が俺の告白を断った理由はさ」


 混乱していたせいで、松隆くんの手が伸びてきたことに気付かなかった。掌を掌で撫でられて漸く我に返り、同時に「ぇっ」と悲鳴にも似た間抜けな声を上げてしまう。そのまま指先が指の隙間に滑り込んできた。


「えっ、あ、え?」

「相手が俺だから? それとも、桜坂に誰かと付き合う気がないから?」


 真っ直ぐに私を見下ろしてくる松隆くんの目から、感情を読み取ることはできなかった。

 なんで今、そんなことを。困惑のせいもあって答えられずにいるけれど、松隆くんが無言を許す気配はなかった。その冷たい手からでさえ、じんわりと熱が伝わってくる。少し肌寒い夕方に丁度いい、人肌の温もり。そのせいで、顔だけじゃなくて全身の熱を上げられていく気がした。


「……あの、」

「……桜坂はどうする?」

「どうするって何を……」

「俺と桜坂が許嫁だって言われたら付き合う?」


 ──え。

 なぜ急に松隆くんの告白の話題に移ったのか、その単語が物語る。今度は全身が緊張で強張ったし、驚きすぎて声も上げられなかった。

 松隆くんの表情からは、相変わらず感情を読み取れない。お陰でその言葉が冗談なのか本気なのかも分からない。

 でも……、私と松隆くんのそれぞれの父親の関係は分からないままなはずだ。

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