第三幕、御三家の矜持
 私は生徒会選挙の日のうちに、帰ってきたお父さんに訊ねたけれど、「あぁ、言ったことがなかったかな」なんて白々しい返事があっただけだった。

『何か理由があるんじゃないの』

『何かって、どんな』

『だから……』

 挙句、お父さんが家にいるタイミングであの人がいないことなんてないせいで、問い詰めることもできなかった。

 松隆くんだって、「父親は忙しくて全然捕まらない」とぼやいていた。

『……母親は桜坂の父親との話なんて聞いたことないって言ってたし。鹿島の台詞がはったり──仲が良いってこと以上のことはないってことも考えられるけど、どうもね……』

 何の情報もないし、得られる見込みもないし、と言わんばかりに肩を竦めるその姿は、暫くはお手上げだと言っていた。

 その話に進展があった? 松隆くんの父親から「実は許嫁だ」なんて聞かされた? そうでないとしても、旧友の娘と仲が良いなら丁度いいとでも言われた?

 ぐるぐると、頭の中で沢山の可能性が回る。そんな突拍子もない話があるだろうか。あるとして、何も聞かされないままでいるだろうか。

 でも、許嫁ついでに松隆家に養子入ってくれたらいいくらいくらいに思われててもおかしくない。その話が本当である可能性は十分にある。そして仮にそれが本当だとしたら、私が断ることは──。


「……なんてね」


 その時、私はどんな表情をしていたんだろう。

 不意に松隆くんが苦笑いをした。次いで指が指の隙間を滑り落ちる。


「冗談だよ」


 その台詞も相俟って、指の隙間を撫でた感触は妙に忘れがたく思えた。


「そんな三文小説みたいなオチ、こっちから願い下げ。もし万が一父親にそんなことを言われたら、ちゃんと反故(ほご)にしてあげるよ」

「……ちゃんとって、」

「大体、恰好悪いだろう、そんなの」


 狼狽える私とは裏腹に、松隆くんはいつも通り穏やかに微笑む。


「ごめんね、困らせて。ちょっとつまんない冗談だったね」


 さぁ、と松隆くんは足を私の家の方へ向ける。いつの間にか立ち止まってしまっていたらしい。


「あと少し、送るよ」





「ツーッキィー」


< 211 / 395 >

この作品をシェア

pagetop