第三幕、御三家の矜持
 次の日の放課後、二年一組に顔を覗かせて名前を呼ぶと、呼ばれた本人は露骨に嫌な顔をした。無視されないだけよしとしよう、と手を振っておいでおいでをすれば無視された。あの冷徹眼鏡!

「ツッキー! ツッキーツッキーツッキー!」

「うるさいぞ」


 自分でもうるさいと思うくらい嫌がるニックネームを連呼すると漸くやってきてくれた。とはいえいつも以上に冷ややかに射殺さんばかりの目で見下ろしてくるので流石に悪ふざけが過ぎたかもしれない。嫌がるニックネームを呼んだだけだけれど。


「あのさ、相談があるんだけどさ、」

「却下」

「まだ何も言ってなくないですか?」

「どうせ面倒事だ」

「とか言って引き受けてくれるのがツンデレツッキーなんで──ごめんなさい真面目に話します、帰らないでください」


 おどけてみせれば問答無用で回り右をされた。ふりではなくて本当に立ち去ろうとするから月影くんはたちが悪い。


「あのですね、暫く私と一緒に帰ってくれませんか」

「断る」

「だからもう少し悩んでよ!」

「可処分時間が減る」

「まるで私と帰る時間が無駄だとでも言いたげじゃないですか」

「分かっているなら頼むな」

「そういわず、助けると思って!」

「第一、俺が君と一緒に帰る意味はないだろう?」


 眼鏡の奥で、その冷たい目が心底不思議だと伝えてくる。そう、確かに意味はないのだ。松隆くんと桐椰くんが送ってくれているのは、トラブルに巻き込まれたときに助けられるように、なのだから。残念ながら頭脳派の月影くんは一緒に帰る意味がない。

 ……意味は、ないのだけれど。困り果ててしまったので、視線を泳がせながら一生懸命懇願する。


「いや……でもその、月影くんなだけで意味があるといいますか?」

「哲学的な問いかけをしたいなら他を当たれ」

「そうじゃないんですよ! 誰もそんな壮大な話はしてないんですよ! ……松隆くんでも桐椰くんでも気まずいんですよ」


 オブラートに包む方法が思い浮かばず、仕方なく小さな声で白状した。でも月影くんは顔色一つ変えない。最初からそんなことは分かっていると言わんばかりだ。


「……何か言ってよ」

「今更だな」

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