第三幕、御三家の矜持
「遼は君を諦める? 馬鹿を言うな」


 私が言う前に、月影くんは早口でピシャリと言い放つ。その双眸にはいつもの不愛想な平淡さよりも非難めいた冷徹さが見えた。


「自分を諦めさせるために他人を利用するな。どこまで本気が知らないが、よくそんなことを口にできるな」

「別にいいじゃん」

「……何」


 そんな月影くんの目にも声にも言葉にも、心が揺れることはなかった。だから長々と話す気にはならずに、扉に手をかける。


「月影くんには分からないんだよ、好きな人に捨てられる気持ち。好きなんだって気付いた後に捨てられるより、気付く前に捨てられたほうが傷は浅いんだよ」


 返事を待たずに扉を開いたせいで、月影くんのリップ音は掻き消されてしまったんだろう。その証拠に、教室を出ながら「じゃあね」と振り返れば、何か言いたそうに口を開いた月影くんが閉口したところだった。……どうしてか、妙に傷ついた表情で。


「……そんなもの、理解(わか)るはずがない 」


 哀しそうな声は、誰に向けられたものだっただろう。それこそ分からないまま、扉を閉めた。

 学校を出る前にスマホを確認すれば、雅から「迎え行くから校門で待ってて」と連絡が入っていた。月影くんの呼び出しがどういうものだったのか分からないけれど、雅もよく「来い」と言われてすぐ来れるものだ。バイトとかしてないのかな、と不安になったけれど、元々だらだらした金髪だったことを思い出せば、バイトなんてできていたはずがなかった。

 雅の行動は意外と早くて、校門で十数分待つ頃には「お待たせ!」と明るい声と共に現れた。黒のベリーショートはやっぱり見慣れなくて、声をかけられないと雅だとは分かりにくい。


「……ごめんね雅、月影くんが」

「いーよ、別に俺、月影に命令されたから来たわけじゃないし。亜季が一人で帰るって聞かないんだって言ってたけど、そうなの?」

「……もう松隆くん達と帰るの気まずいし」


 雅の顔を見ずに言えば、「ふーん……」と含みのある相槌が返ってきた。それでもすぐに「まいっか、かえろーぜ」と促されて安心する。


「てか、夏前に会ったときは家まで送らないでって言ったじゃん。もういいの?」

「……うん」


 答えながら、そういえばそんなこともあったっけ、と自分の言動を思い返した。

< 219 / 395 >

この作品をシェア

pagetop