第三幕、御三家の矜持
 途端、雅は可笑しそうに笑った。過去形だったとはいえ、今上手くいっているのか心配だったけれど。


「優しくつーか、話すようになったみたいな感じだけど? 夜になったら碁盤持ってきてわざとらしく詰碁とかやり始めてさー、つかそういうことやってるからこっちも口出したんだけどな。いけるくちじゃん、みたいな」

「そっか、じゃあ仲良くやってるんだね」

「あぁ、祖父ちゃん、下手なくせに負けると拗ねんだよね。面倒臭くてたまんねーよ」


 口先ではそういいつつも、声は明るい。中学生のときは「家帰るより外で寝たほうが安全じゃね?」なんて言ってたけれど、いまはそんなことは全くなさそうだ。


「ていうかさ、雅」

「ん、なに」

「なんで囲碁できるのにあんなに勉強できないの?」

「えー? なんでって言われても」


 顔をひきつらせる私とは裏腹に、雅は心底不思議そうに首を傾げた。


「遊びと勉強は別だし……」

「……でも囲碁って色々考えるんじゃ」

「だって勉強って考えるも何もねーじゃん? 考えるモトがないみたいな?」


 会った頃は分数の計算も怪しかったことを思い出してしまった。


「……月影くんと仲良いんだから、少しは勉強教えてもらったほうがいいんじゃない」

「なんか英語教えてもらってるときに問題解いてたら『諦めたほうがいい』って一言言われて終わった」

「…………」


 雅の英語の試験は一桁以外の点数を見たことがなかった。そんな科目をよりによって月影くんに教えてもらうのは、確かに失敗かもしれない。


「あ、そういや迎えに来るのって毎日来ていいの? 松隆に殺されたりしない?」

「殺……されることはないと思うけど、雅が大変じゃん?」

「俺は別に。やることないし。祖父ちゃんもバイトするくらいなら少しは勉強しろとかいうし。すげーんだよあの祖父ちゃん、俺より英語できる!」


 雅の英語のレベルを知っているので、それがどのくらいすごいのかは分からなかった。どのくらいのレベルかといえば、中学二年生当時は “Are do be doctor?”なんて平気で書いていた。


「……別に、雅さえよければいいんだけど」

「ぜーんぜん。だって俺、幕張匠の元相棒じゃん。亜季と一緒にいるのも当たり前」

「……そっか」


 ありがとう、の言葉は喉につっかえて出てこなかった。

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