第三幕、御三家の矜持
 返事をするのも面倒になって、呼吸のような相槌を打った。総の目が不満げに睨んでくるが、お前のせいでもある、とはやはり言えずに黙っておいた。

 すると、総は暫く黙り込む。


「……俺と帰るのが気まずいなら遼と帰ればいい」

「自覚はあったのか」

「うるさいな。遼なら桜坂も安心なんじゃないの、どうせアイツに告白する度胸なんてないし」


 散々煽ってやってこの有様じゃ、静かに失恋して終わりだよアイツ──などと総はぼやいた。

 そのとき、丁度話題に上っていた本人が振り向いた。予鈴が鳴った後に教室を離れることなどない遼が、どうしてかこんな時間に下駄箱前にいる。疑問はもう一つ、その困惑した表情にもあった。


「どうした、遼」

「相変わらず早いな、お前」

「アイツ、まだ来てないんだけど」


 総の的外れな発言に珍しく何も触れず、遼は焦ったように早口で続ける。


「いつも俺より早いのに、予鈴が鳴ってもまだ来てない。見てないか?」





**





「あーきー、水汲んできた」

「あ、ありがとう」


 ガラン、とバケツをコンクリートに置く音と共に顔を上げる。雅は「あー、やっぱまだ動くとあちー」なんて呑気な呟きと共に腕まくりをする。その横でバケツに柄杓(ひしゃく)をたんぷんと沈み込ませれば、拍子に跳ねた僅かな水飛沫がコンクリートに散って暗い染みを作った 。掬い上げた水も、曇り空の下では細やかな光さえ反射することなく、どっぷりと浸かってしまいそうな重さをみせる。挙句、それを灰色の墓石にかけてしまえば、濁っているわけでもない水がますますその色の暗さを増す。

 持ってて、と頼んだ通りに花束を担いだ雅は、私がそうやってお墓を掃除する様子を眺めている。


「ふーん、墓掃除ってこんなことやるんだ」

「さぁ、私も知らないけど、昔こうやってるの見たことがあるから」

「誰がやってたの?」

「知らないひと」

「ふーん」


 花瓶のお水を捨てて、綺麗なお水を注いで、雅から受け取ったお花を一束さす。


「花ささってなかったよな? さしてどーすんの?」

「帰りにもう一回寄って持って帰るの。誰が管理してるのか知らないけど、あんまり手入れされてる様子もみないし、花が枯れて悲惨なことになるのがオチだし」


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