第三幕、御三家の矜持
極限まで枯れ切った花がどうなるのかは知らないけど、少なくとも土の上でもないのに適当に自然に還るとは思えなかった。
「だったら花あげなくてもよくね?」
「うん、だから私も普段あげてない。でも命日くらいはあげようかなって。一応」
濡れた手を軽くタオルで拭いて、お線香に火をつけた。私がそのままお墓に向かって拝む様子を雅がじっと見ているのは視界の隅に映る。
墓石に書いてある名前は、花枝万結。
「……ごめん雅、あともう一か所行くね」
「いいけど、別の墓でもあんの?」
「うん」
バケツの中に残ったお水を側溝に流し、ガラガラと音をさせながら墓石の前を去る。
「ありがちに、事故現場みたいな」
「ふーん」
雅が驚く様子はなかった。墓地を出て歩いていると、制服なので人の目をちょっとだけ、ほんのちょっとだけ引く。でも私と雅の見た目がとても素行不良には見えないせいだろう、加えて小さな花束を持っているとなれば視線が勝手に納得していくのが分かった。
「近いの、その場所」
「あ、結構電車乗るよ。だから帰っても大丈夫だよ」
「帰ったら月影に怒られるだろー」
「でも今日のこと、月影くんに言ってないでしょ?」
「えー、でも亜季が休みなら逆じゃね? 月影から亜季休みだったって連絡来るなら分かるけど」
珍しく雅の言うことが正しかった。それもそうか。
駅まで歩いて、電車で移動すれば、最寄り駅に来たところで「あ、もしかして海?」と雅は当たりをつけた。せいかーい、と軽快に答え、少ない改札の一つを無作為に選んで通り抜けた。海といえば海水浴で賑わってそうなのに、その最寄駅が寂れきっているのは、“海に一番近い”だけで決して近くはないからだろう。今日の天気が悪くて助かった、と空を見上げた。雲を通して僅かに差すだけの日差しは、眩しくないといえば嘘だけれど、鬱陶しいほどの熱は寄越さない。雅は動くと暑いなんて言ったけれど、十月は真夏とは比べものにならないくらい日差しが弱弱しく、風も寒々しい。
「亜季の母親って事故死だったんだ」
「さぁ、知らない」
「でも海で殺人事件って小説みたいじゃね?」
「ううん、そういうのじゃなくて、事故か自殺か知らないって話」
「だったら花あげなくてもよくね?」
「うん、だから私も普段あげてない。でも命日くらいはあげようかなって。一応」
濡れた手を軽くタオルで拭いて、お線香に火をつけた。私がそのままお墓に向かって拝む様子を雅がじっと見ているのは視界の隅に映る。
墓石に書いてある名前は、花枝万結。
「……ごめん雅、あともう一か所行くね」
「いいけど、別の墓でもあんの?」
「うん」
バケツの中に残ったお水を側溝に流し、ガラガラと音をさせながら墓石の前を去る。
「ありがちに、事故現場みたいな」
「ふーん」
雅が驚く様子はなかった。墓地を出て歩いていると、制服なので人の目をちょっとだけ、ほんのちょっとだけ引く。でも私と雅の見た目がとても素行不良には見えないせいだろう、加えて小さな花束を持っているとなれば視線が勝手に納得していくのが分かった。
「近いの、その場所」
「あ、結構電車乗るよ。だから帰っても大丈夫だよ」
「帰ったら月影に怒られるだろー」
「でも今日のこと、月影くんに言ってないでしょ?」
「えー、でも亜季が休みなら逆じゃね? 月影から亜季休みだったって連絡来るなら分かるけど」
珍しく雅の言うことが正しかった。それもそうか。
駅まで歩いて、電車で移動すれば、最寄り駅に来たところで「あ、もしかして海?」と雅は当たりをつけた。せいかーい、と軽快に答え、少ない改札の一つを無作為に選んで通り抜けた。海といえば海水浴で賑わってそうなのに、その最寄駅が寂れきっているのは、“海に一番近い”だけで決して近くはないからだろう。今日の天気が悪くて助かった、と空を見上げた。雲を通して僅かに差すだけの日差しは、眩しくないといえば嘘だけれど、鬱陶しいほどの熱は寄越さない。雅は動くと暑いなんて言ったけれど、十月は真夏とは比べものにならないくらい日差しが弱弱しく、風も寒々しい。
「亜季の母親って事故死だったんだ」
「さぁ、知らない」
「でも海で殺人事件って小説みたいじゃね?」
「ううん、そういうのじゃなくて、事故か自殺か知らないって話」