第三幕、御三家の矜持
 時々お母さんの話をしながら、基本的には他愛ない話に流れを任せた。季節外れの海へ向かう人は殆どいなくて、二十分は歩いたはずなのに、私と雅くらいしか歩いている人はいなかった。


「うっわ、海くっら」


 漸く見えた海は曇天の下で真っ暗。お陰で風は強くないのに波まで荒れて見える。そんな中で向かった岬なんて自殺の名所にしか見えなかった。


「……こんなとこから落ちたら助からなさそう」

「うん、実際助からなかったからこうなったんだよね」


 崖のように海へと突き出した、その先端。そのずっと手前に立て札があって、「この先危険! 崖下は岩場です 飛び込まないでください」と書いてある。岬の先端には木の杭とロープで作っただけの簡単な柵がある。


「多分自殺なんだとは思うよ、いくら足を滑らせるって言っても無理があるし」

「ふーん……」

「どっちでもいいけどね、私にとっては。他人(ひと)に迷惑かけないやり方だけは良かったんじゃないかなーって思うけど──」


 ふと、妙なものを見つけて口を噤む。気が付いた雅は“妙”とまでは思わなかったらしく、それと私を見比べて初めて不思議そうな顔をした。


「どうかした?」

「……去年はなかった」

「あ、そーなの?」


 私の手にあるものとは別に、パタパタと潮風に煽られている花束。近付けば、飛んでいかないように石で押さえてはあるけれど、控えめなもので、ちょっとでも風の強い日には飛んで行ってしまいそうだった。

 誰のものだろう。献花する人に心当たりはなかった。お父さんだとしたら、ここに来ることを私に言ってくれてもいいはずだ。

 訝しみながら、自分の手の中にある花束を手向けた。こっちにはもう戻ってこないつもりなので、そのまま地面に還るようにビニールは取り去ってお花だけにする。因みに、先客も同じ考えなのは見れば分かった。


「……終了。ごめんね雅、帰ろう」

「マジ? こんだけ遠出したのにほぼ往復?」

「んー……時間潰して帰ってもいいけど」


 腕時計を見ると、現在時刻、十二時前。どうせ墓地に戻るのは四時くらいにする予定だったし、雅を付き合わせてしまったのでお昼くらい食べて帰ってもいいかもしれない。


「……お昼食べる?」

「食べよーぜ。どーせ俺も今日学校行く気ねーし」


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