第三幕、御三家の矜持
 コンビニでなんか買って海岸座ればよくね、なんて雅は安上がりな提案をした。でも今日は少し風があるからその案は却下する。結局、駅まで戻ってから商店街の中にあるパン屋さんに入った。


「……あのさぁ、亜季って親どーなってんの? 親の親とかも合わせて」


 そこで、雅は遠慮がちに口を開いた。先に手元にあるホットコーヒーを飲みながら首を傾げる。


「どーって言われても」


 久しぶりに会ったあの日、聞かれたことはなんだったんだっけ。でも確かこの話は雅は知ってるし、話したからどうというわけでもないはずだ。


「中学三年生のときに私の親が離婚したのは知ってるでしょ?」


 うん、と雅はオレンジジュースを飲みながら頷いた。


「で、亜季、引っ越したよね」

「そう。お母さんについていったから。だから高校のときの苗字は花枝」


 幕張亜季から花枝亜季になれば、よっぽどのことでない限り普通の人は事情を察する。加えて、中学生のときの私に殆ど存在感はなかったこと、だから知り合い程度の人しか高祢高校にはいなかったこと、幕張匠と同じ苗字だという安直な理由で私を怪しんでいた人達は高祢高校に進学できなかったから幸いにもそういった人達に知られることはなかったことから、私が花枝亜季になったからといって取り立てて騒ぐ人なんていなかった。


「父親は?」

「ん、だから離婚してそれっきり」

「会ってねーの?」

「うん、もう会うことはないと思う。お母さんのお葬式にも来なかったし」


 本当は、お母さんのお葬式に誰が来てたかなんて全然覚えてないけれど、さすがに当時の父親が来れば気が付くと思う。気が付かなかったということは来なかったんだろう。


「じゃ、父親はいいわけだ。親の親は?」

「母方の祖父は知らないし、祖母は私が小学校低学年くらいで亡くなったよ。だからいない」


 父方の祖父母のことは言わないでコーヒーに口をつけたけれど、雅はそちらの話を促すことはなかった。“父親はいいわけだ”というのは“父親は祖父母含めどうでもいいわけだ”という意味だろう。


「じゃ、今の親は何?」


 本当に雅が聞きたかったのは、それだろう。別にこれを話したところでどうなるわけでもないし、お墓参りに付き合わせておきながら何も言わないでいるのは狡い気がして、ストローから口を離した。


< 226 / 395 >

この作品をシェア

pagetop