第三幕、御三家の矜持
「今のお父さんは血の繋がったお父さん。私のお母さんが──あの岬で死んだお母さんが、不倫してた人」


 その返答は、雅には予想外だったのだろうか。まるで時間が止まったみたいに全身が固まったように見えたし、サンドイッチが運ばれてきたことに気が付いたときも我に返ったような表情だった。

 コトン、コトン、と二人分のプレートが静かな音を立てた。


「……そしたら、本当の父親が亜季を引き取ったってこと?」

「うん。だから今は桜坂姓」


 そんな雅の僅かな狼狽を無視するようにホットサンドに手を伸ばす。雅はサンドイッチを凝視していた。正確には、ただ私を見つめることができなかっただけだろう。


「……すげードロドロじゃん」

「私もそう思う」

「……あんま他人に言いたくねーよな」

「そうだね、あんまり言わないよ」


 雅にも聞かれなかったら言うつもりはなかったよ、なんてことは言わないことにした。


「……御三家はこのこと知ってんの?」

「月影くんは気付いてるんじゃないかな」

「気付く? どうやって?」

「月影くんは頭がいいから、色々な情報を総合して可能性を取捨選択して答えを出しちゃうんですよ」


 ホテルでの月影くんの表情と言葉を思い出す。重々しく口を開き、苦々し気に、月影くんは黙っていてくれた理由を吐露(とろ)した。

『君と君の妹は異母姉妹であり、君は中学と今とで苗字が違う確率が高いということが、何を意味するのか。その意味する選択肢として並んだものが──……人前で話して差し支えないものだと、俺には思えない』

 私に思いつくその“選択肢”は、事実以外にもいくつかあるだろう。例えば今の母親は後妻なんだとか、親同士は再婚していて私と優実がお互いに連れ子なんだとか。月影くんの思考力次第でこの選択肢は減るのかもしれないし、増えるのかもしれない。ただ、いずれにせよ、月影くんがこれをデリケートな問題だと感じたらしいのは確かだ。


「ふーん、頭いいヤツと一緒にいると大変だな」

「そうかもね。でも少なくとも月影くんは一緒にいて大変じゃないよ」


 でも最近は少し怒られることも増えてきた。怒られる理由は分かるけれど、月影くんが怒る理由は分からなくて、そのせいで余計に怒らせてしまう。

 沈黙が落ちた。暫く、二人で黙々と目の前のお昼ご飯を頬張る。


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