第三幕、御三家の矜持
 くだらない話をしていればお墓の最寄り駅まではすぐだった。雨は小雨のままだったけれど、折り畳み傘の下に雅を入れようとしたら「このくらいならいーや」と一人で歩き出してしまった。


「風邪ひくよ」

「へーきへーき。何年も風邪なんて引いてねーし」

「そっか、雅おバカだもんね……」

「なんだよそれ」


 怒ったふりをする雅と笑いながら、午前中に歩いた道を再び歩く。小雨とはいえ雨は雨だ、道すがら辺りを観察すれば、雨が染み込む隙のない建物や置物が洗われている。こんなのを見せられると雨が降る日にわざわざ掃除をしたって意味がなかったんじゃないかと思わされるけれど、今日くらいしかお墓を掃除する丁度いい日がないのだから仕方がない。

 ふと、岬に置いてあった花束を思い出す。毎日献花してあるようには見えなかった。お母さんの命日だからお参りしたに決まってる。こんな天気の崩れそうな日にあんな場所へ行ってくれたのは、誰だったんだろう。


「亜季の母親のさぁ、友達みたいなのいねーの?」

「どうしたの、急に」


 思考を読まれたみたいでドキリとした。隣を歩く雅は、雨を避けるようとするかのように少し俯き加減だ。


「や、だって命日じゃん? もーちょい誰かいてもいんじゃね、って思って。つか父親くらい来てくれてもいんじゃねーの?」

「本当の奥さんがいる手前、元不倫相手のお墓参りなんてさせてもらえないでしょ」

「ふーん、心狭いな。好きなら相手の好きなヤツまでひっくるめて好きになってやれよ」


 それはさすがに無茶な相談だよ、と笑ってしまった。そんな寛容な人ばかりなら“嫉妬”という言葉がその活躍の場を八割以上失ってしまう。


「でも、こっそりお参りには来たのかも。さっきは心当たりないって言ったけど、お父さんかもしれないな」

「不倫するくらい好きな相手だもんな」

「そうだね……」


 そのまま、お母さんのお墓参りをしてくれるような友達がいるのかいないのかの話は流れた。いるのかいないのかは知らないから、一度途切れてしまえば蒸し返す必要はなかった。

 それどころか、お墓に着けば、私達の目的地と思しきお墓の前に誰かが立っていた。

 黒い傘に隠れて顔は見えない。体つきからして男の人だ。喪服ではないけれど、黒いスーツに身を包んでいる。

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