第三幕、御三家の矜持
 雅はまだ、その人の立っている場所が私のお母さんのお墓の前だとは気づいていない。お墓参りしてる人がいる、くらいにしか思ってない。私だって、お母さんのお墓の場所を一つか二つ勘違いしてないかなと疑ってかかるけれど、見えてしまっている花瓶のお花が私の持ってきたものと同じなんだから、勘違いのしようがない。

 シルエット的に、お父さんじゃなかった。他に心当たりもない──はずなのに、なぜか胸がざわつく。

 小雨とはいえ、足音は聞こえる。私達が近付けば、その人は振り向いた。

 額にかからないように掻き揚げられた黒い髪。こちらを見る優しい目は、おじさんというには若々しい。それから、まるで俳優のように整った顔。遠くからでは分からなかったけれど、着ているスーツはとても安物には見えない……どころか、妙に高級感が漂っている気がした。体格は、がっしりしているというには細いし、スリムというにはしっかりしている。背は高くて、雅より少し低いくらいだ。


「花枝さんの、娘さんじゃないかね」


 声は大きくないのに、なぜか朗々と響いて聞こえた。話しかけられる気はしていたのに、いざとなると言葉がつっかえた。


「え、あ、はい……」


 パシャ、パシャ、と石畳の上に張った薄い水の膜が跳ねる。盗み見たお母さんのお墓の前には──岬と同じ花がある。


「お葬式で一回会ったんだけど、覚えてないだろうね」

「……お母さんのお葬式で?」

「あぁ」


 その人が目を細めた。柔らかい印象を受ける、二重の目。


松隆攸太郎(ゆうたろう)。君のお母さんとは、大学の同級生だった」


 ゾク、と、大して寒くもないのに、背筋が震えた。


「愚息が、世話になってるね」


 それは、正真正銘、あの松隆くんの父親だという名乗り。口の中がからからに乾いた。傘を持つ手が震えた。視界が明滅している気さえする。眩暈でも起こしそうだ。喉が苦しい。いま声を出したらきっと震えてしまう。

 なんで、松隆くんのお父さんが、私のお母さんの同級生なんだろう。ただでさえ松隆くんのお父さんと私のお父さんは旧友なのに、そんなふうに繋がってしまったら、その三人はただの知り合い以上の関係ということになってしまう。

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