第三幕、御三家の矜持
 でも、だからなんなんだろう。たまたま友達の親と自分の親が知り合いだった──それだけだ。今私が直面している事実はたったそれだけ。よくある話だ。

 それなのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。


「……友達かい?」

「え、あ、そ、っすね……」


 真横の会話なのに、まるで遠く離れた場所の会話みたいに聞こえる。


「そうか。雨の中ご苦労だね」

「や、そうでも……」

「松隆総二郎」


 それでも、はっと、松隆くんの名前を口にされて我に返る。困惑しきって黙ってしまった私の代わりに、松隆くんのお父さんが会話を繋げようとしてくれているらしい。


「君の同級生にいるだろう。先日、息子から訊かれてね」

「……私の父の旧友だと」


 やっぱり、声は震えた。


「……そうだね」


 噛み合っていない会話に、松隆くんのお父さんが何かを言うことはなかった。ただ気になったのは、松隆くんのお父さんの頷き方だ。旧友ならもっと軽々しく頷けばそれで済むのに……。

 そんな疑問を抱いた後で、私の母親の不倫を知っているのかお互いに確認はできていない ことに気が付いた。

 思わず拳を握りしめる。カラカラの喉とは裏腹に、雨で湿った空気の中で、掌には不愉快な感覚がまとわりついていた。

 今更私が知りたいことなんて何もない。もう全部知ってる。松隆くんのお父さんに会ったからどうというわけでもない。

 仮に、お父さんが私に松隆くんのお父さんと旧友だと教えてくれなかったことに、僅かな引っ掛かりがあるとしても。母親の同級生なら猶更教えてくれていてもよかったとしても。こんなタイミングで出会ってしまったことに、奇妙な偶然を感じずにはいられないとしても。

 全部、運命は悪戯好きだね、なんて寒い台詞と共に茶化してしまえば済む話である──はずだ。


「……あの」


 それでも、どうしても堰き止められない感情が溢れた。


「……なんで……」


 ただ、耐えきれずに声に出してしまったのはその部分だけだった。


「……私のお父さんと友達だって、私達に教えなかったんですか……」


 だから聞かずにおくことはできた。どうせ聞いても無駄な質問だったかもしれないし、はぐらかされて終わっていたかもしれないから、実際に口にした質問で十分だった。


「意地悪をしたわけじゃないよ」


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