第三幕、御三家の矜持
 意地悪……? 奇妙な返答に返す言葉が思いつかない。でも松隆くんのお父さんは穏やかな表情のまま続ける。


「付き合いがあるなら知っているだろうけれど、次男は少々気難しくてね。学年が同じとはいえ、実際に関わりを持つことになるとは限らないから、特に話はしなかったんだ」


 ……納得のいく理由だ。松隆くんの性格を気難しいと表現することが正確かは別として、松隆くんは人付き合いがいいほうではないはず。松隆くんのことを友達だと思っている人は多くても、松隆くんが友達だと思っている人は少ない……そんな気がする。そんな息子と同級生になるんだよと、わざわざ言う必要はないし、下手すれば男女で一悶着起こるきっかけにさえなりかねない。だったら寧ろ言わないほうがいい。

 ……本当に? 自分に都合の良い考えを並べているようで、心臓がキュッと締め付けられる。本当に、他意はなかったのだろうか?

「すまないね、仕事の合間に抜け出してきたんだ」


 もう一度口を開く前に遮られた気がした。でも松隆くんのお父さんが忙しくないはずがない。だからそう言われると本当に急いでいるようにしか見えなかった。


「桜坂のことはよく知っているから、遊びにでもおいで」


 ──“桜坂”と呼ぶ、その声を、妙に聞き慣れたもののように感じてしまった。それはきっと松隆くんが私のことを“桜坂”と呼ぶからで、男同士の友達なら苗字で呼び捨てにしていてもおかしくはなくて、だから松隆くんのお父さんも私のお父さんを“桜坂”と呼んでいて……。ただそれだけなのに、まるで目の前には松隆くんがいたような、奇妙な錯覚をした。

 パシャ、パシャ、と静かな水音と共に、松隆くんのお父さんは立ち去った。裾にはあまり水が跳ねていなかったから、近くまで車で来ていたんだろう。当たり前か、松隆くんのお父さんなんだから運転手くらい……。


「……亜季?」


 顔を覗き込まれて、俯いていたと気付く。訝し気な顔をした雅に、どうしてか狼狽えてしまった。


「あー……お花、とらなきゃ」

「……さっきのって松隆の父親だろ?」

「そうだね、びっくりした。お母さんの同級生だったとか、知らないし」


 足早にお墓の前まで来て、生花を回収する。新聞紙に包んで袋に入れる私を、雅は横でじっと見ていた。


「……なんで松隆の父親が亜季の母親の同級生なんだろうな」

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