第三幕、御三家の矜持
 そんなもの、何もない。しいていうなら、松隆くんのお父さんに会ったくらいだ。でもそれが私達の関係を掻き回したわけでもない。偶々、友達の父親に会った、それだけだ。


「……ま、何もないならないでいいけど」

「そんなことを確認しに来るってことは、自分が黒幕だって分かるのを怖がってるの?」

「まさか。だったら確認になんて来ない」


 鹿島くんの答えは普通だ。動揺なんて何もない。夏休みに「俺じゃないよ」と言ったのは嘘ではなかったのだろうか。


「……言いたいこと、それだけならもうどこか行ってよ」

「そうだね、何も掴んでないなら俺もどうでもいいよ。楽しみはもう少し先になりそうだし」

「やっぱり鹿島くんが関係してるんじゃ、」

「テニスの決勝戦、見に来たら? 松隆は君達のリーダーだし、何より雪辱を晴らしたいだろうから、夏に応援に来てた君に来てほしいんじゃない?」


 私の返事を待たず、鹿島くんは立ち去った。何しに来たんだろう、本当に。大体、松隆くんの試合は見に行く予定だったけど、いま行くと鹿島くんに促されて行くみたいで癪だ。でも時刻と松隆くんの人気とを考えれば行くしかない。


「本当嫌いだな、あの人……」


 一人でぶつぶつと文句を言いながら立ち上がれば、丁度、ピーッ、と少し濁った笛の音がした。視界の中では二列に男子が並ぶ。審判を務めていた人が「八対二で二年四組の勝利!」と告げ、「ありがとうございました!」と男子だけの低い声が響いた。その列は「つかれたー」「あっちぃー」と口々にぼやきながら解散する。そっか、試合、終わったのか……。しかもさりげなくうちのクラスが決勝戦進出を決めている。

 おめでとうの一言くらい言ってもいいかもしれないけれど、桐椰くんと話すのも気まずいし、このままテニスコートに向かおうか、と歩き出せば、別の日陰から視線を感じた。顔を向けると「ほら行けよ」「いやだからそういうのいいって」「いーじゃんいま御三家いねーんだから!」との丸聞こえの会話と共に、男子数人のグループから一人が押し出されてこちらに出てきた。鳥澤くんだ。きっと一緒にいたのはバスケ部の友達だろう。

 鳥澤くんはいつものように照れとばつの悪さが混ざったような表情で「あー、ごめん、うるさくて」と謝る。


「ううん、大丈夫」

「桜坂さん、テニスだったよね? 試合?」

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