第三幕、御三家の矜持
「くだらない感想を口にしている暇があるなら飲み物の一本でも買ってきてやったらどうだ、下僕」

「すいませんねぇ気の利かない下僕で! ていうかなんで今更下僕設定持ち出すの? 桐椰くんといい──」


 しっし、と私を追いやろうとする月影くんにわざとらしく憤慨して、不意に口を噤んだ。お陰で月影くんも怪訝な顔をする。


「なんだ、また遼と何かあったのか」

「何もないですよ!」

「最近の君はいい加減に遼を振り回し過ぎているからな、そろそろ愛想を尽かされてもいいと思うんだが」

「なんでそんな残念そうに言うんですかね」

「君もそうしてほしいんだろう」


 その言葉には、思わず頷きたくなった。無言が返事になって、月影くんの冷ややかな視線は、今日は眼鏡というフィルターなしにダイレクトに私に突き刺さる。


「何度も言うが、味方には順位がある。俺は君のことを心配しないとは言わないが、遼のほうが心配だ」

「分かってますよそんなこと」

「分かっているなら、俺が君を軽蔑するようなことはしないと約束しろ」


 まるでこれから何が起こっているのか分かっているかのように、月影くんの目は私に釘を刺す。


「先日話したように、遼と総の気持ちを踏みにじるために鳥澤と付き合うというのなら、俺は君を赦さないからな」


 ……きっと、月影くんがいま敢えてそんなことを言ったのは、あそこまで松隆くんが意固地にもなる理由を分かっているからだ。そして私も分かっていると分かっている。

 ……私だって、好きで桐椰くんと松隆くんを振り回したいわけじゃない。でも、どうしようもなく変われないものだってあるはずだ。それを当然に否定されてしまえば、御三家と私の違いを見せつけられたような気持ちになる。


「……私……」


 言われた通り差し入れでも買おうと立ち上がりつつも、思わず手を握りしめた。

 ──反面、この三人がいれば、変わる必要なんてなかったんだと、思わされる。


「……飲み物、買ってくる」


 でも、そんなことを口に出すほど子供じゃなくて、無意味な台詞を吐き出した。すぐに背を向けたから、その後の月影くんの表情も分からなかった。

 代わりに、臆病者よろしく、表情が見えないところまで来てから振り返る。


「……もっと早く、会えたらよかったのに 」


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