第三幕、御三家の矜持
 ついでに、声にせずにはいられないくらい子供だったから、絞り出すようにぽつんと呟いて、コート前から逃げ出した。

 テニスコート近くの自販機は運動後に飲みたくなるようなものは大体売り切れていた。桐椰くんと違って松隆くんがオレンジジュースを飲んでいる姿なんて見たこともないから、無難にスポーツ飲料を選ぶしかないのに……。口実に使ってしまった以上、仕方なくグラウンドまで戻って自販機を探す。屋内と屋外の真ん中みたいな場所にいくつかある自販機の前に立つと、デジタル画面が“おすすめ”と吹き出し付きで冷たいお茶を指した。


「……そんなに年取った顔してるのかな、私」


 その吹き出しを横目に、ジャージのポケットからICカードを取り出して、同じく勧められているスポーツ飲料を買った。それを手に取ったあと、少し考えてもう二本買った。振り向いたときに見えたグランドの真ん中では野球が行われていたけれど、何年何組がしているのかまでは分からない。

 仕方なく近くまで行けば、木陰で駄弁っている人達の中に四組の男子を見つける。確か木下くんは野球チームだったから、まだ決勝戦は始まってないということだ。実際、目当ての人も同じ木陰で片手にうちわ、片手にスマホを持って休んでいた。私が近付くと、珍しく無愛想にスマホから視線だけを上げる。だから私も、座っている桐椰くんの視線の高さまで屈むこともせず、ペットボトルだけを差し出した。


「……差し入れ」

「……あぁ」


 桐椰くんの手はうちわを地面に置く。その代わりにペットボトルを──素通りして、私の手首を掴んだ。


「へっ」


 驚いたせいで思わずペットボトルを手放してしまったのに、桐椰くんの手は器用にもスマホを手にしたままキャッチしていた。狼狽えっぱなしの私を無視してそのまま立ち上がり、なんならずんずん歩き出す。一体何事なのか分からず「ちょっと!」と一言訴えるのが精一杯で、連れられるがままに別の木陰に向かう羽目になる。


「桐椰くん! 何!」


 立ち止まると同時に、桐椰くんは振り向く。その手は離れない。


「……なんであと二本持ってんの」

「……松隆くんと月影くんの」

「……ふぅん」


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