第三幕、御三家の矜持
 なんでわざわざみんなの傍から離れたのか、理由は分からなかった。ただ、私自身は桐椰くんと話すことに気まずさを感じているので、この微妙な態度を他人に見られないのはありがたい。


「……ぬるくなるから戻っていい?」

「戻るって、お前そもそもどこにいたわけ」

「テニスコート。いま決勝戦だから……」


 早くこの場から逃げたいがために何も考えずに答えて、後悔した。わざわざ桐椰くんの前で松隆くんの応援に行ってるなんて言う必要はない。おそるおそる桐椰くんの表情を伺うけれど、少し無愛想に視線を背けているという事実しか分からなかった。


「……ふぅん」


 声の調子も、よく分からない。


「……アイツ、鹿島に勝ってんの」

「今のところは……。……鹿島くんが対戦相手って知ってるの?」

「あぁ、クラスの女子が言ってた」


 鳥澤くんもそんなこと言ってたな……。グランドにいてもそんな話が耳に入ってくるなんて、学校の女子に一番人気があるのは松隆くんなのかな。確かに文句なしに万人受けする顔だし。

 なんてことはどうでもよくて、離れない手と奇妙な空気に戸惑いと混乱が消えない。声を出そうとして喉で息が(つか)える。


「……桐椰くんも、次、決勝戦だよね」

「まぁ。俺は総と違って個人じゃないけど」


 ……“けど”という言葉の裏にあるのはなんだろう。なんとなく察してしまったけれど、深く考えてしまわないように口を開く。


「桐椰くんはテニスとかしないの」

「バットはいいけど、ラケットはなんか苦手」

「バットのほうが難しそうなのに。ラケットは面が広いじゃん」

「なんだろ、慣れかな」

「野球やってたんだっけ」

「うん、ちょっとだけ」

「桐椰くんってなんでもやってるね」

「そうでもねーよ、楽器はやったことねー」

「桐椰くんカラオケ恥ずかしくて行けないんでしょ」

「なんで知ってんだよそんなこと」

「なんとなくそうだろうなーって思って」


 淡々と続く中身のない会話は、ここにいることに危機感を抱かせる。わざわざ人前を離れたのに敢えて無意味な会話をするということは、本題に入るのが怖いということだから。


「お前はカラオケとか行くの」

「行くこともあるけど、あんまり行かない。なんで?」

「あんまイメージなかったから」

< 250 / 395 >

この作品をシェア

pagetop