第三幕、御三家の矜持
「そうだねー、流行りの曲とか知らないし」

「お前そもそも何が好きなの?」

「えー、ラジオとか」

「それだけ?」

「それだけじゃだめ?」

「別にダメとは言わないけど……」

「ね、桐椰くん」


 桐椰くんに縛られていないほうの手に持っている、二本のペットボトル。その表面から少しずつ、水滴が垂れている。ゆっくりと、それでも着実に流れるその様子は、砂時計に似ていた。


「もう行っていい?」


 だから腕を引いたけれど、ぐっと唇を引き結んだ桐椰くんはやっぱり手を放してくれなかった。動こうとしない犬を引っ張るように手を引っ張るけれど、桐椰くんは拗ねたような顔に変わるだけだ。


「ねぇ桐椰くん」

「……鳥澤のことなんだけど」


 苦し紛れのように開いた口から出てきたのは、きっと桐椰くんの本当に言いたいこととは違ってる。


「やっぱり、アイツの告白は別の目的つーか、裏があると思う」

「さっき月影くんもそんなこと言ってたよ」

「……あ、そう」


 桐椰くんは鳥澤くんを疑う理由も話そうとしてたのだろうけれど、私の予想外の反応のせいで、続く会話は不自然な切れ方をした。私からすれば桐椰くんは想定通りの反応をしてくれて助かった。月影くんが示したのと同じ根拠を示されては困る。


「……話、それだけだよね?」

「……四組の試合、見ていかねーの」

「差し入れ買っちゃったから、二人にあげてくる」

「……そっか」


 ゆっくりと、指一本一本をそっと持ち上げるようにして、桐椰くんの手は離れた。そんな風に体温を残されては、掴まれていた腕を背中に隠さずにはいられない。


「じゃね」

「……ん」


 グラウンドの外へ足を向けても、背後の桐椰くんが動く気配はなかった。だから足早にその場を立ち去る──桐椰くんの体温を剥がそうと、シャツの裾に腕を擦り付けながら。

 どうしてか、走った後かのように、心臓が狼狽えていた。緊張で頬は熱くなっていたし、呼吸は乱れて喉が不自然に上下する。気を紛らわそうと二本のペットボトルを必要以上に握りしめた。それでも体は落ち着きを取り戻さず、地面をしっかり踏みしめることのできない足が、一瞬、がくんと崩れそうになった。

 何かが、変だ。

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