第三幕、御三家の矜持
 やっとのことでテニスコートに戻れば、ベンチに座る月影くんから「遅かったな」と目だけで言われた。無言でペットボトルを差し出せば「あぁ、俺のも買ったのか。ありがとう」と素直にお礼を言われた。月影くんの口から「ありがとう」ってあんまり聞かないせいで不自然だな。月影くんがお礼を言わない人なわけじゃないけど、いかんせん私が月影くんにお礼を言われる機会がない。

 松隆くんは試合中なので、月影くんと私の間にペットボトルを置いた。あたりを見回すけれど、スコアの表示された掲示板が見当たらない。


「試合どんな感じなの?」

「総が一セットとったところだな」

「おぉ!」

「二セット目はいま五分五分だ」

「三セットマッチだっけ?」

「そうだな」

「ツッキーの試合は?」

「もうすぐ行く」


 一人でここにいるのはちょっと辛いな……。こっそりとコートの外を見れば、野次馬よろしく集まっている女の子達の数人とは必ず目が合う。それくらい、ここに座っているのは目立つ。松隆くんが一番女子人気が高いとすれば、ここにいるのが一番まずい。


「……ツッキーの応援に行こうかなあー」

「来るな」

「なんでそんな冷たいこと言うの! 応援なんだよ、応援!」

「好意の押し付けは迷惑だ」

「本当月影くんはシビアだよねそういうとこ! いいじゃん私がどこにいても!」

「最後まで見たほうが総も喜ぶんじゃないか」

「……本当、今日の月影くんは意地悪だよね。何か嫌なことでもあったの」


 妙に私と松隆くんの関係につっこむじゃないですか、と睨んでみせるけれど、月影くんの横顔はいつも通りの無表情だ。


「別に、何もない。しいていうなら先日君が逃亡したことが未だに腹立たしくてな」

「……すみませんってば」

「いい加減に総とでも付き合えば話は早いものを」

「……月影くんがそんなことを再三口にするなんてらしくないじゃないですか」

「あまりにも君の態度が煮え切らないものでな」


 そんなの、それこそ今更だ。これ以上話していると延々とお説教をされそうで、口を閉じて試合に視線と思考を移した。

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