第三幕、御三家の矜持
 そんな中、五点目を制したのは松隆くんのボレーだった。ボールを手にした松隆くんはそれでも表情を緩めることはなく、呼吸を整えようとしているようだった。腰を落としてレシーブを待つ鹿島くんの口の端からも疲れが零れている。三十対四十のコールの後、サーブのためにボールを手放した松隆くんの姿が、夏と被る。

 軽快な音と共に放たれたボールはすぐさま松隆くんのコートへ返ってくる。すかさずストレートで返すも、ロブを読んでいたように鹿島くんは後ろのラインで構えている。悠々としたフォームで打ち返す鹿島くんに思わず舌打ちしたくなった。無様にミスればいいのに!

 ただ、やっぱり安心と安定のリーダーがぶれずに打ち返し、(私から見れば)難なく六点目を制した。デュースだ。鹿島くんが悔しそうに顔をしかめながら額の汗を拭う。再びボールを手にした松隆くんは険しい表情を変えないまま……。


「松隆くん!」


 その顔を見ていると、思わず名前が口をついて出ていた。夏のデジャヴは縁起が悪いけど、声をかけずにはいられない。こちらを向いた松隆くんの目はちょっとだけ疲れていた。


「勝ったら好きなアイスおごるからね!」


 この場の空気のそぐわぬ、あまりにも間抜けな応援を聞いて、その目はふと優しくなる。


「……俺の好きなアイス、九州限定だから無理じゃない?」

「えっそこはコンビニにある中から選んでよ……」

「まぁいいけどさ」


 呟きのようだけれど、ベースラインからベンチまで平気で聞こえてしまうボリューム。弱弱しさの欠片もない声にちょっと安心している隙に、デュースのコールがかかった。ついでに審判から睨まれた、声をかけるなと。すみません。

 パァンッ、と放たれる松隆くんのサーブは見ていて気持ちがいい。それを拾う鹿島くんには悪態をつきたくなった──けど、レシーブはネットに引っかかる。ざまぁみろ!

「……キッツいな」


 ボールを拾う鹿島くんの口から、そんな呟きが聞こえた。じっと見つめていると、視線に気づいた顔がこちらを向く。鹿島くんは、月影くんと違って試合中でも眼鏡を外さないらしい。眼鏡のレンズ越しの(私にとって)不気味な目は、嘲笑というよりは嫌悪を向ける。


「本当、君らは気に食わないよな」


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