第三幕、御三家の矜持
「……もっと頭を捻れば、桜坂を連れて行かずに済む手段もあったんじゃないかとは思うけど、それは中身が分からない以上なんとも言えないし。……だから死ねばよかったは言い過ぎたと思って。ごめん」


 でも松隆くんは、その台詞通り、雅の一件を必要以上に蒸し返そうとはしなかった。お陰でほんの少し、喉が楽になる。


「……ううん。そのことは謝ってもらってたし」

「その時とは謝った内容が違うから」

「……いいよ、私も好きに言い返したし」

「…………。遼の試合でも見に行こうか」


 雅の事件についてそれ以上口にはせず、松隆くんは肩にラケットをかけて、私の手から荷物を受け取る。荷物多いんだから持つよ、と申し出たけれど、松隆くんは軽く首を横に振ってこたえた。


「ところでね、桜坂」

「はいなんでしょう」

「応援、来てくれてありがとね」


 わざわざお礼を口にされるとは思ってもみなかったので、面食らう。そのせいで声が出ないうちに、松隆くんは畳みかけた。


「前回と違って、どんな顔で試合見に来ればいいのか分からなかったでしょ」


 しかもよりによって、振った相手の応援なんて気まずいよねと遠まわしに伝えてきた……! まさかのこのタイミングでその話題が来ますか! 今の私は、きっとドロップボレーで返された瞬間の鹿島くんと同じくらい狼狽えている。


「いや、あの、えっと……」

「でもね、大丈夫だよ」


 妙に穏やかな声のせいで余計に混乱する。大丈夫って……。


「い、一体何が……」

「変に気を使って避けられるより、こうやって来てくれたほうが嬉しいからさ」


 そして、あまりにもダイレクトな感想に心臓が飛び上がる。その衝撃で思わず足まで止まってしまった。そんな私を笑うように、半歩先で松隆くんは振り向く。


「本当、桜坂は意外と単純だよね」

「か、らかって……」

「ないよ。嬉しかったのは本当だから。アイス食べに行く口実もできたし」


 ……しまった。場を和ませようと思ったとはいえ、安易に口走るべきではなかった。


「でも、俺の試合に来てくれたように、遼の試合も見に行くんだね」


 そして、ここぞとばかりの攻めに、遂に私の体は硬直した。心なしか、松隆くんの意地悪な笑みが深くなる。


「なんて、意地悪で揺さぶりでもかけとこうかな」


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