第三幕、御三家の矜持
 シャワー浴びるから俺は見ないよ──そう言い残して、松隆くんは先に歩いて行ってしまった。私が桐椰くんの試合を見ても見なくても俺には分からないから好きにしなよ、と言われている気がした。でも同時に、冗談っぽく口にされた先程の台詞が、松隆くんの狙いドンピシャでぐらぐらと私を揺さぶる。


「……そういうとこ、本当に狡いよ、リーダー……」


 真夏日なんて関係なしに熱い頬を押さえて、思わず膝を抱えた。

 足取りも重く向かったグラウンドでは、野球の決勝戦が始まっていた。すぐに見つけてしまった桐椰くんは、バッターボックスから少し離れたところでバットを杖のようにして屈んでいた。どうやら次に打つらしい。女子の視線に捕まらないようにこそこそと移動して、二年四組の塊の後ろにそっと混ざる。すると振り向いた新谷さんが「桜坂さんじゃん、こっち来なよー」と手招きしてくれた。お陰でバッターボックスがよく見える。


「勝ってる?」

「勝ってる。っていっても一対〇だけどね」

「ほう……」

「ていうか桐椰くんが完璧すぎて……。桐椰くんがピッチャーのとき来ればよかったのに! また守備になったときに投げるとは思うけどね!」


 そっか、桐椰くんが投げてもいるのか……。急に、数十分前に桐椰くんに掴まれた腕の熱が戻ってきた気がして、そっと背中に隠した腕を掴んだ。

 今バッターボックスにいるのは永尾(ながお)くんだ。ワンストライク、後にバント、二塁の木之下くんを三塁へ送り、自分はアウトになる。掲示板に表示されているアウトは永尾くんのものが一つ出ただけなので、どうやら木之下くんはそこそこのヒット──ツーベースヒットだっけ──を打ったということなんだろう。野球は詳しくないからあんまり分からないけど。

 そして桐椰くんが腰を上げれば、木陰からの「きりやくーん!」「がんばってー!」という黄色い歓声と、私の周辺含めた日向からの「打てよ桐椰ぁー!」「お前ならいけるー!」「頑張れ副会長ぉー!」と野太い応援が聞こえた。松隆くんと違って男子からの愛され度が高い。初めて会ったとき──五月、六月頃は桐椰くんと話してる男子なんて見かけなかったけど、みんな生徒会が怖くて話さなかっただけなんだろう。桐椰くん、見た目は怖いけど中身はあんなだし、生徒会役員選挙でも女子以外からの応援も凄まじかったし。

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