第三幕、御三家の矜持
「わかるー! 可愛いよね桐椰くん……。どうしよう、推し変わっちゃいそう……」


 小さく呟けば、それを拾った新谷さんが間髪入れずに頷いた。今までの新谷さんの推しが残る二人のどちらだったのかは分からないけれど、少なくともあの桐椰くんの株があちこちで上がっているのは確かだと思う。

 だって、あんな桐椰くんは、普通にしか見えない。

 それからまた一点入った後、漸く攻守が交代し、桐椰くんがマウンドに立つ。それだけできゃあきゃあ声が聞こえるのだから女子は大忙しだ。お陰で、声も上げずにじっと見つめているだけの私が浮いている。ついでに一年生は完全にアウェイみたいで可哀想だ。

 滑らかに構えた桐椰くんの手から放たれたボールは、一年生バッターの目の前を通過して綺麗に船堂くんのミットにズバンッと収まった。ボールの速さの違いなんて、野球を見慣れない私にはよく分からないけれど、「やっぱ速球派は派手だよなー」なんて声が聞こえて、“ソッキュウ”を脳内で漢字変換すると桐椰くんのボールが速いことは分かった。確かに肩強そうだもんな。実際、ミットに収まったときの音も中々に力強い感じはした。


「最高じゃん……最高……」


 少し離れたところからボキャブラリーも貧弱にうっとりとした声が聞こえたので視線を向ければ、檜山さんがいた。そういえば檜山さんは桐椰くん推しだっけ。

 どうせ、檜山さんは、桐椰くんが世話焼きだとか素直過ぎるくらい素直だとか揶揄い甲斐のある可愛さに溢れてるとか、何も知らないくせに。運動神経がいいことくらいしか分かってないくせに。家庭科が得意とか思いもしないくせに。……どうしてか、不意にそう毒づきたくなった。なんでか分からないけれど。

 そのまま桐椰くんは暫く投げ続け、攻守はあっさり交代してしまう。コールドとまではいかないだろうけれど、これはうちのクラスの圧勝だろう。どうしてか、溜息が零れてしまった。周りは「これは勝ったわ」「これなら余裕っしょ」「桐椰もう休んでいんじゃね」なんて楽しそうに話しているけれど、どうしてかそんな明るい気分にはなれなかった。


「あれ、最後まで見ないの?」

「……うん、ちょっと疲れたから」


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