第三幕、御三家の矜持
 松隆くんは、あんなことを言いながらも、きっと私の手を放してくれる。


「……ふぅん」


 そんな私の傲慢な心の内を読み取ったのか、鹿島くんは鼻で笑ってみせる。


「まぁ、父親同士も仲が良いわけだし、松隆をとるほうが安牌(あんぱい)だろうな」

「別にそういうわけじゃ……。大体、鹿島くんがそれ知ってるの本当気持ち悪い……」


 藤木さん達と話しているときのことを思い出して、気分が悪くなる。鹿島くんは「そんなに不思議かな」なんて飄々と返した。


「俺達がいるのはそんなに広い世界じゃない。花高に集まる人種を考えれば、寧ろ俺達の父親同士は知り合いなのが当然といってもいい」

「……なにそれ、答えになってない。松隆くんと鹿島くんのお父さん同士が顔見知りだっていうなら分かるけど、私のお父さんは──」

「ただの平社員だっていうつもりか? 自分の父親が与えられてる役職、本当に知ってるのか?」


 ……そうではない。もちろん、そうではないことは知っている。でも、松隆くんのお父さんや鹿島くんのお父さんとは本当にレベルが違う。


「ま、そんなことはどうでもいいけどね」

「……鹿島くんと松隆くんの間には、何かあるの」

「何かって何? どちらかというと俺とそこそこ面識があるのは松隆の兄のほうだよ。当然だろ、松隆は次男なんだから」


 お兄さんとは面識がある──? 驚いた顔をした私とは裏腹に、なんでもないように鹿島くんは肩を竦めた。


「当たり前だろ。お互いに財閥本家の長男同士なんだから」

「で……でも、そんな話、今まで……」

「するはずないだろ? 松隆でさえ、次男って意味ではあんまり関係がないんだ」


 珍しく仕草の柔らかかった鹿島くんが、不意にいつもの調子に戻って私を嗤う。


「そんな話を、どうして愛人の子に話す必要が?」


 ──体が凍り付いた。今まで普通にされてきた、空気を吸い込んでそこから酸素を選び取って二酸化炭素を多めに吐き出す、そんな機能が一瞬で不全に陥った。血液でさえ突然動きを止めた。鼓膜が空気の振動を捉えるのをやめた。

 ──そんな、錯覚に陥った。開いた唇の隙間からは、ひゅうっと空気が流れ出た。鼓動する心臓がその役目を果たしていることを教えてくれる。そのすべてを音として捉えることができている事実が、耳が生きてることを知らしめる。

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