第三幕、御三家の矜持
 それなのに、まるで体が一瞬で凍らされた気がした。


「なに、その顔。言われ慣れてないわけじゃないだろ?」

「……回数を言われたら慣れるわけじゃない」

「ふーん。存外弱いよね、君は」

「ッ」


 言いながら、突然、その手に首と顎を捉えられた。顎にかかった人差し指と、首にかかった親指と中指とが、まるで握り潰そうと、締め付けようとするかのように力強く、鉤爪(かぎつめ)のように食い込む。


「何の話をしてたんだっけ? ……そうそう、親の話か」


 ゲホッ、と息が漏れた。痛い、なんて声は喉を外から塞がれて出てこなかった。呼吸はできている。でも苦しい。息を吸えるギリギリに指が食い込んでくる。

 そんなことをする鹿島くんの目は爛々と輝くでもなく、平淡に、ただ嘲りを多分に含んで、私を見下ろす。


「別に、松隆の父親と君の父親が旧友だなんて、俺が知っててもそう驚く話じゃない。経歴を見れば二人が同級生だなんて簡単に分かるし、プライベートの付き合いがあることも隠されてるわけじゃない。この業界で普通に人付き合いをしていれば、誰だって知ってることだ」

「ッ……」

「それを松隆は『興味がない』『縛られたくない』『だから好きにする』の三拍子で無視してただけ。そんな自分勝手の結果がこれなのに、何も知らないことに驚くなんて、そんなの笑うに決まってるだろ? 傲りが過ぎてるんだよ、松隆は」


 吐き捨てるような言い方と圧倒的な優越感を感じさせるその表情で、何も気づかないはずがない。

 松隆くんは「何もない」と否定し続けるけれど、少なくとも鹿島くんの側には、何かがあって。


「ちゃんと松隆家の男だって自覚があれば、君のこともとっくに知ってたんじゃない?」

「ど、いう……」

「だってそうだろ? 父親の旧友で会社の役員もやってる。顔を合わせないはずがない」


 でも、だから、そこで父親と不倫相手との間にできた子供のことを知っているなんて、当然には論理は繋がらない。

 繋がらない、はずなのに。


「で、桜坂は、松隆の父親と君の父親とその不倫相手が全員同級生だってことが、ただの偶然だと思ってるのか?」


 ──嘘。


「ェッ、ゲホッ……!」

「……本当、くだらね」


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