第三幕、御三家の矜持
「そういう話だよ。つかアイツ彼女いたんだっけ? 別れ話っぽかったけど」

「菊池」


 ガッ、と松隆くんが雅と肩を組んだ。また胸倉を掴むのかと構えていた私の手はやり場を失い、雅は困惑する。


「コーヒー奢ってやるから相手の顔も含めてよく聞かせろ」

「なんでお前と一緒にコーヒー飲まなきゃなんねーんだよ。あとコーヒー飲めない」

「オレンジジュースでもいい」

「なんでその二択なんだよ!」


 松隆くんの身の回りにはコーヒーを飲む自分と月影くんと、オレンジジュースを飲む桐椰くんしかいないからだろうな……。


「つかいま話すのでもよくね? アイツら立ち止まってんじゃん」


 雅の指につられて振り返れば、桐椰くんと月影くんは数メートル離れたお店の前で揃って立ち止まっていた。月影くんが腕を組んでお店とにらめっこしているのに桐椰くんが付き合っていた。


「……なにあれ」

「欲しい本でも出てたんでしょ。菊池、今のうちに詳しく話せ」

「だから態度ってもんがあるだろ!」


 用意周到に信号を渡った後、雅は胸元のシャツを整えながら「つか詳しいことは知らねーよ」と肩を竦めた。


「俺も遠目で見ただけだから。桐椰が他校の女子と別れ話してんじゃんって思っただけ」

「なんで別れ話って分かったの?」

「雰囲気? 女子のほうが引かない感じだったから」

「ひかない感じって具体的に?」

「んー、詳しいのは聞こえなかったけどあれだ、二番目でもいいからって言ってくる感じの顔つきってあるじゃん」

「あぁ、あるね」


 あるんだ。そこで二人の間に共通認識が生まれるのが分からない。


「他校ってどこ? 高校?」

「わかんね、知らない制服だったし。でも私立なんじゃね?」

「顔は?」

「そこそこ可愛かった」

「背は?」

「んー、松隆と桐椰って同じくらいだろ? じゃ亜季より小さかったんじゃね」

「ふぅん」


 松隆くんが矢継ぎ早に質問を繰り返す中で、なんだか嫌な予感がした。


「制服ってこれ?」

「……あー、うんうん! それ!」


 松隆くんも察知したのだろう、ピンポイントで検索画像を雅に見せ、雅も頷いた。私はそろりと二人から離れる。


「あのー……家も近いので、私はお先に……」

「今更遠慮しないでもいいでしょ。ところで桜坂」


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