第三幕、御三家の矜持

(二)その裏側が見えなくて

 ガンッ、と金属が壁にぶつかって大きな音を立てた。私が飛び上がると同じく、みんなが音のしたほうを向いた。


「お前、最近何してんの」


 でも振り向かれた本人は何事もなかったかのような顔をしている。一瞬、サンドイッチの食べ方を忘れた喉が、奇妙な違和感をもって上下した。

 同時に、心臓がドクドクドクドクと妙に大きく鼓動し始めた。初めて会って「うわヤンキーだ!」なんて思ってしまったときでさえ怖いとは感じなかったのに、茶髪に変わっている今が怖いなんてどうかしてる。


「……いや……えっと、何と言われましても……」


 私のはっきりしない返事に、否応なしに巻き込まれたクラス中が固唾をのんで見守る。


「……最近昼も帰りも見かけねーから」

「いや私が桐椰くんを見かけないんですよ。桐椰くんが生徒会の仕事でいないんじゃないですか」

「……あぁ」


 頬杖をついた桐椰くんは仏頂面でいるだけだ。横着な態度で椅子に座ってるけれど、座るときに乱暴だっただけで、物に当たるでも怒鳴るでもない。普段の様子もあいまって最初の態度はわざとだったんじゃないかと思えてしまうけど、それでも怖い。苛立っているのは分かるのだけれど、殺意さえ感じる。

 お陰で私の心臓はうるさいままだ。クラス内だって静まり返っていて、空気の痛さに耐えられなくなった人なんてこっそりと教室から出ていっている。


「……生徒会の仕事忙しいの?」

「クソ忙しい。何でだろうな」


 辛うじて絞り出した話題が地雷だった。桐椰くんの声がワントーン低くなる。


「あんなに殴りてぇって思った顔初めてだな。笑顔で俺の前に書類置く鹿島がスゲェ腹立つ」

「……南波くんは暇そうじゃない?」

「あぁなんか知らねぇけど南波がやること俺がやってる」

「ていうか何やってるの?」

「部活と同好会の活動管理してアンケートまとめて名簿更新して来月の講演の手配して会報作成して封筒の宛名と活動報告書と年賀状書いてる」

「ごめん最後のなに?」


 なんだかよく分からないけどそれは書記の仕事なのでは? なんだかやたら字を書く仕事が多いですね、と首を傾げながら顔で伝えてみせる。桐椰くんの横顔は苛立っている。
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