第三幕、御三家の矜持
 とはいえ、勉強の邪魔はしてはいけない。月影くんがついている長テーブル席で向かい側に荷物を置いた。月影くんの机の上に広がっているのはノート一冊、問題集の問題冊子一冊、のみ。筆箱は今年の誕生日プレゼントに貰ったばかりの真新しいもので、中からは赤ペンが一本出てるだけだ。

 ほうほう、と観察するも、月影くんが顔を上げる気配はない。まぁいいか、と私も自分の勉強道具を広げた。

 それから暫くも、月影くんは全く私に気が付かなかった(もしくは無視していた)。私も勉強しに来てはいるので、たまに顔を上げるだけだけれど、月影くんは問題を解いているか、丸を書きこんでいるか、の二択だ。

 一時間経った頃に漸くペンを置いて、ついでに眼鏡も外して、スマホを一瞬だけいじって、窓の外を眺める。イヤホンは外さない。じろじろ見ていても私には気付かない(もしくは以下略)。


「あ、桜坂さんじゃん!」


 それから更に暫く経った後、なぜかラウンジの入り口から名前を呼ばれた。顔を上げても、私を見ているのは知らない人だった。ただ、その人の隣で鳥澤くんは慌てふためていた。

 ラウンジが私語自由とはいえ、勉強している人もいる場所だ。机についたまま扉の入り口にいる人に声をかけるわけにはいかない。どうしようかな……と思案しているうちに、私の隣に鳥澤くんの友達が座った。


「桜坂さんっしょ? 俺、バスケ部の濱口(はまぐち)。鳥澤の大親友」

「おいグッチ!」


 明るく大きく口を開けているその様子からか、げっ歯類のような印象を抱いてしまった。黒い髪ではあるけれど、元々明るめなのか真っ黒ではなかった。短く切り揃えられているのはきっとバスケに邪魔だから。身長は鳥澤くんより少し高いくらいだ。

 そんな濱口くん、顔には全く見覚えはないけど名前にだけは聞き覚えがあった。お喋りな濱口くんか。

 止めるように肩を掴んでいる鳥澤くんは申し訳なさそうに眉を八の字にする。


「ごめん……邪魔したよね……」

「ううん、別に大丈夫。……試験勉強?」

「そうそう、こう見えてアキ、結構成績いいんだぜ」


 突然呼ばれて首を傾げてしまったけれど、私のことじゃなかった。そういえば鳥澤くんの下の名前は章時(あきよし)だ。

 ただ鳥澤くんは全否定するように手を横に振る。


「いや、俺はそんなに……」

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