第三幕、御三家の矜持
「じゃあちゃんと見張ってたら?」

「だからなんで俺が見てなかったらセクハラしようとすんだよ!」


 ぐぐぐぐ、と私の手だけでは松隆くんの腕は外せず、桐椰くんの力で漸く外してもらえた。私の心臓はまだドキドキしている。でも加害者の松隆くんは知らん顔で、(絶対にしてなさそうな)反省を仕草にだけ表す。


「そこまでいうならしないけど、お前がいなくなったらやっぱり分かんないかなぁ」

「おい菊池、見張ってろ」

「いいけど俺だと殴り合いになる」

「何言ってるの、一方的に殴るよ」

「正しいことしてるはずの俺がお前に殴られる意味分かんねぇな!?」

「なんでそこまでして桜坂の家に近づきたくないわけ?」


 捨て身にも近い罠を仕掛けてもかかろうとしない桐椰くんにしびれを切らしたのか、松隆くんが核心をついてしまった。正直、どう考えても優実が関係している気がするので、私はこのまま穏やかに残りの帰り道を終えたい。


「いやあほら、松隆くん、桐椰くんはきっと夕飯の下準備で忙しいんですよ……タイムリミットが迫ってるんですよ……」

「桜坂の妹と(こじ)れたの?」


 ……綺麗でそれでいて悪魔のような笑顔を浮かべる横っ面を引っ叩きたくなった。雅が目をぱちくりさせ、桐椰くんが一瞬にして瞳の温度を下げた。


「……どういう意味だよ」

「そのままの意味だけど」

「ま、松隆くん、往来でするお話でもないですし……」

「じゃあコーヒーでも飲みながらゆっくり話す?」

「お願いだから松隆くん空気読んでよ!!」


 それこそそんなことを口に出せる空気ではなかったのだけれど、どうしようもなさすぎて叫んでしまった。でもどうやら今の二人は二人だけの口論の世界に入ってしまったらしい。私にも雅にも視線をくれず、笑顔と仏頂面で火花を散らす。


「忙しかろうが暇だろうが、お前には関係ねぇ話だろーが」

「あぁ、じゃあ桜坂の妹の話で合ってるの?」

「んなことは言ってねーだろ、話すり替えようとしてんじゃねーよ」

「すり替えてなくない? そこが分からないと俺に関係あるのかないのか分からないんだけど」

「俺が関係ないって言ってんだから関係ねーよ」

「それが分からないって話なんだけど」

「駄々こねるんじゃねーよ」

「こねてないけど」

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