第三幕、御三家の矜持
「こねてんだろ。お前マジでそういうとこ直せよ、敢えて空気読まないつーか、分かってて好き勝手言うつーか」

「友達の前でしかしないから大丈夫」

「友達の前ならいいなんて誰も言ってねーだろ! 俺の前でも直せ!」

「母親みたいに説教するのやめて」

「寧ろ母親じゃないんだから甘えてんじゃねーよ!」

「誰がお前なんかに甘えるか気持ち悪い」

「現に甘えてるくせに何いってんだよ!」


 この、方向性の見えない、かつ低レベルな謎の口喧嘩……。なんだかすごく既視感がある。別荘で夜中にしていた口論と同じだ。ちょっと二人と離れて遠い目をしていると、雅もアホらしいと思ったのか、私のほうへやってきて耳打ちする。


「なぁ亜季……コイツら何の話してんの?」

「……多分定期的にやってる兄弟喧嘩みたいなもんだよ」

「……御三家って実は馬鹿なのか?」

「一周回っておバカなんだよ……」


 というか、道端でぎゃあぎゃあくだらない言い争いをするのはやめてほしい……。偶々人がいないからいいものの、通りかかった人は笑わずにはいられないだろう。送ってもらっていたはずが謎のコントに巻き込まれた気分だ。しかも苦笑いくらいしかできないし。


「……亜季、俺帰る」

「あ、うん、じゃあね」


 お陰で馬鹿馬鹿しいと思った雅が先に「ばいばーい」と手を振って本当に帰ってしまった。二人は一応雅を視界で確認しているのか「ほらみろお前がくだらねぇこと言い出すから」「俺はくだらないことは言ってない。くだらない返事をしたのはお前」なんてこれまた謎のベクトルに口論を進める。私も帰ろう。


「じゃあ……私もこれで……」


 ただ、私が声をかけると二人は喋るのをやめた。なんなら桐椰くんは松隆くんと喧嘩してるままの目つきを向けるときた。


「帰んの」


 この状況で待つほうが疑問だよね?

「帰っていいよね?」

「……いい。俺も帰る」


 そしてやっぱり、桐椰くんは私の帰り道とは逆の方向に爪先を向ける。何がなんでも家には近寄ろうとしないのは、間違いなく優実と遭遇しないためだ。


「それでいいんだ?」


 鋭く冷たい声に、その足が止まる。半分だけ、その顔は私達を振り向いた。


「……いいってなにが」

「体育祭でも聞いたよね? お前、本当にそれでいいの」


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