第三幕、御三家の矜持
「……お前らが付き合うっていうなら、俺は何も言えねーだろ」


 それは、ただの言い訳だろうか。


「だったら未練がましく世話焼くのはやめて、俺に気遣いの一つでも見せたらどうなの」


 “ここで黙っておけば、桐椰くんに嫌われることなく桐椰くんの感情を無視できる”なんて狡猾な策は全くないのだと、言い切れるだろうか。


「……分かったよ」


 今度こそ、桐椰くんは立ち去った。

 その後ろ姿を見て、喉から出そうになった言葉は、何だったろう。そんな形のあるものとは別に、せりあがってきたものは何だったのだろう。自分の胸の奥が氷原に放り出されたような気持ちを抱いてしまったのは、どうしてだったのだろう。

 答えは出せそうだったけれど、出したくなかった。だから口を開いた。


「どうして、否定しなかったの?」


 声を出せば、思考がまとまらないことを分かっていた。


「キスを? それとも付き合うことを?」

「……両方」


 でも、心の片隅では間違いなく誰かが高笑いをしていた。

 これで桐椰くんは私に告白なんてしないね、と。


「そもそも、キスとか付き合うとかって何のこと……」

「祭りの日。俺が桜坂の頭抱えてたでしょ」


 神社で、松隆くんが怪我をしてしまったとき。私の後頭部に回された手は、どうしてかいつもより更に冷たく感じて、間近から私を見つめ返す目は、辛うじて意識を保っているかのように少し伏せられ、すぐにでも閉じてしまいそうで怖かった。


「あれがキスしたように見えたみたいだよ」


 あのとき、本当は、キスされるんじゃないかと思った。

 その時の松隆くんの真意は知らないし、聞かないままだし、聞くつもりもない。


「……付き合うのは?」

「キスしたってことは付き合うの、だって。マイナス思考が一人で走ってるだけだよ」

「……否定しなかった理由は?」

「もどかしいからだよ。アイツの態度がね」


 そのもどかしさを、どうして松隆くんが抱くのだろう。


「ねぇ知ってる、桜坂。遼と桜坂の妹の関係なんて、最初から終わってるよ」


 ……そのことを、知りたくなかった。


「体育祭の日、俺が見たのは、桜坂の妹を手酷くふってる遼だ」


 知らないふりをしていたかった。


「……折角の、初恋なのにね」

「そうだね」

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