第三幕、御三家の矜持

(三)その過去が消せなくて

 夜の第六西で、深く息を吸った。

 誰もいない第六西は時々あるけれど、誰も来る気配がない第六西は初めてだ。外が暗い以外には何も変わらないはずなのに、いつもとは違って感じる。

 カチャン、と内側からの鍵をかけた。仮眠用のベッドは埃を被らないように透明のビニールで覆われているので、少し重たいそれをよっこいしょと剥がす。ベッドマットと掛布団にはストライプのオレンジ色のシーツがかかっているけれど、枕カバーだけがない。急に使うことになったときにマットと掛布団のシーツをかけるのは面倒くさいからだろう。


「ちゃんとお洗濯するから貸してねー」


 独り言と共にクローゼットを開ける。ワイシャツが何枚かハンガーでかけられていて、その下に小さな三段の衣装ケースがある。一番上の段を開けると──パンツとシャツが出てきた。


「あ、ごめんごめん」


 よいしょ、と見なかったふりをして閉じた。うんうん、綺麗に並んだトランクスは見てないぞ。可愛いひよこ柄なんて見なかったもんね。……誰のだろう。PIYOPIYOという文字とひよこが交互に並んでるパンツ。誰のだろう。まぁいいか。

 気を取り直して二段目を開けた。今度はパーカーとカーディガンとスエットが出てきた。うーん、生活感。

 一番下の段を開けると、漸く替えのシーツが出てきた。赤色のストライプの布類の一番下にオレンジ色のストライプのものがあったので、横着をして引っ張り出した。ユニセックスといえばそうだけど、わりと可愛らしいこのシーツは誰のものなんだろう。ただ、少し毛羽立っているので、第六西用に用意したものではなさそうだ。


「ハンガーも借りていいよね」


 マフラーとジャケット、更に着替えのシャツもハンガーにかける。みんなの着替え用なのか、ハンガーは十分に数があった。最初に聞いた通り、第六西にはいつでも泊まれるように諸々の準備は万端というわけだ。


「それにしてはベッド使ってる人いないんだけど……泊まってるのかな」


 仮眠用なのに、お昼寝をする松隆くんと桐椰くんが使っているのはソファだ。いちいちシーツを洗濯するのが面倒くさいのかな。


「だったら何のためのベッドなんだって話だけど……。松隆くんもよっぽどのことがないと家出してないのかな」


 シャワー室の使い方は慣れたものだ。脱衣室には大変ご立派な三面鏡の洗面台があって、引き出しにバスタオルが入っている。さすがに浴槽と洗濯機はないけれど、下手な単身用マンションの洗面所よりも上等な気がする。

 鍵をかけているのを確認して、十数分で簡単にシャワーを浴びた。寒いのでドライヤーは第六西に戻ってからにする。暖房はつけておいたけどちょっと肌寒い。十一月はまだ秋だと毎年言い聞かせているのだけれど、もういい加減冬だ。

 ついこの間まで、暑くて暑くて仕方ないとぼやいていた気がするのにな。


「……卒業まで、あと一年三カ月」
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