第三幕、御三家の矜持
 冷たくて、鋭利な何かが、マフラーと首の間を縫って、肌に押し当てられた。

 ぞっと肌が粟立ったときにはもう遅い。腹部に強い圧迫力を感じたかと思うと、素早く月影くんの隣から引き離された。何が起こっているのか、半分くらいしか把握できない。少なくとも、校門の明かりに照らされた月影くんは、見たこともないくらい驚きと怯えのようなものが入り交じった表情をしていた。

 ガサ、と背後で衣擦れの音がした。


「お前……」

「やーっほぅ。久しぶり」


 フードでも被っていたのだろうか、その音がして、月影くんは更にその目を見開いた。


「鶴羽」


 背筋を、凄まじい勢いで悪寒が走り抜けた。

 鶴羽樹。私が幕張匠だと知っている人。それでいて松隆くんにはそれを伝えず、敢えて関係があることだけを伝えた人。そして、雅の事件に関与した人。

 何より、御三家の元同級生──。


「鶴羽、だな……?」

「そう。分かんなかったかなぁー、と、んなことはどうでもいいんだ」


 月影くんへ向けて、手が差し出された。


「スマホ」


 その掌の上には、迷わずスマホが載せられる。それ以外の可能性はないとは思っていたけれど、やはり私の首に当てられているのは刃物。ドクン、ドクン、と、危機感の遅れた心臓がうるさく鼓動し始める。


「で、お前もスマホ」

「……持ってな──痛っ」


 プツッ、と首の切れる感触と、生温い液体が控えめに首を伝う感触が走った。刃物で切られたとき独特の、大して深くもないのにビリビリとした痛みを感じる。


「あのさぁ、そういうの、やめてくれねぇかなぁ?」


 スマホを出せとは言わない。二度目はないようだ。そっと、ポケットの中からスマホを取り出した。二台のスマホを回収した鶴羽樹は、私の頭上で少し頭を動かす。


「月影、校舎に戻れ。本校舎だ」


 月影くんが迷う気配は、やはりなかった。無言で踵を返し、言われるがままに校舎へ向かう。


「お前もだよ」

「……ナイフなんか突きつけられてて、歩けるわけないでしょ」

「あぁ、じゃあこれでいいか?」


 刃が、そっと喉を撫でた。切れない方向とはいえ、刃が直に肌の上をなぞる感触は、体を凍り付かせるのに十分だ。

 ピタリと押し当てられたのは、刃の棟。確かに、これなら歩いても切れない。簡単に切ることはできるけど。

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