第三幕、御三家の矜持
 そして、再び指示に従い、その通りの教室の前まで来る。教室の名前は“準備室”──BCCで私が閉じ込められていた部屋だった。


「入れよ」


 そっと、月影くんは扉に手をかけた。でも、その扉の鍵は旧式で南京錠がかかっていた。視線だけで十分にそれを理解していたはずの月影くんが、わざわざ扉に手を触れたのは、なぜだったのか。


「ほら、鍵だ」


 南京錠を手に取った月影くんへ、鍵が放り投げられた。暗闇の中で見えたその鍵はそれほど真新しくはなかった。 月影くんがゆっくりと鍵を開けると、私も含めて中に入るように再び促される。

 暗がりとはいえ、月明かりもあるので完全な闇ではない。お陰で把握した教室内は、記憶よりも雑然としていた。まるで物置のように、机は隅に寄せられて積みあがっているし、使われていないホワイトボードもいくつか重ねられ、ロッカーも錆びついていそうなものが複数置かれている。そして、やはりあの時のまま、入って左手には木造の棚があって、手前から半分くらいが本で埋まっていた。一番奥には教室に備え付けられたロッカーがある。嫌な思い出の残る場所だ。

 ただ、あの時は少し暑く感じさえしたのに、中はひんやりと冷え切っていた。指先から体温を奪われてしまいそうで、思わず拳を握り、指先を手の中に隠す。

 そんな場所で、何をしようというのか。教室内でただ立っている月影くんに、私からナイフを外さないまま、鶴羽樹は笑う。


「そう怖い顔すんなよ。俺とお前の仲だろ」

「俺は君と殆ど話したことはないが」

「元同級生だって言ってんだよ」

「それに何の意味がある」

「相変わらず愛想の欠片もねーやつだな。ま、でも確かに、お前と俺はあんま関係ねーか」

「だったらこれは何のつもりだ」

「カバン出せよ」


 話の流れは不自然に断ち切られたけれど、月影くんは訝しむこともなく、従順にカバンを差し出した。


「中身全部出せ」


 そして、屈み込むと、ゆっくりとカバンの中身を床に置いた。クリアファイル、数学のノート、英語のノート、学校指定の数学と英語の問題集、電子辞書、パスケース、家の鍵、ハンカチ、折り畳みの財布、薬用リップ、そして誕生日プレゼントのペンケース……。月影くんらしい必要最小限のものしか入っていなかった。

< 311 / 395 >

この作品をシェア

pagetop