第三幕、御三家の矜持
「なーんも、してねーよ。あのタイミングで学校に来られちゃ手間だから来させなかっただけ」

「だから、そのために何をしたの」

「うるせぇなぁ、ちょっと黙らせただけだろ」


 私が声を少し荒げたせいか、鶴羽樹も声を荒げた。次いで私の顎をナイフを持っていないほうの手で捉え、頭上から私と目を合わせた。そこで初めて、鶴羽樹の顔を知る。

 パシリと、ハサミでそのまま切ったかのように斜めに切りそろえられた短い明るい髪。暗くて判別がつかないけど、きっと金髪だ。ギラつく細い目の下には切り傷の痕がある。全体的にどこか爬虫類系の印象がある顔だった。

 この人が、鶴羽樹……。どくん、と心臓が嫌な鼓動をした。幕張匠の名前を出せば雅を従わせることができると藤木さんに吹き込んだ人。漸く実物が分かったせいか、恐怖は増し、刃が一層鋭くなった気がした。


「……鶴羽」


 ずっと黙っていた月影くんが不意に口を開いた。


「花高生でない君が校舎の構造を知っていたり、ここの鍵を手に入れたり、できるはずがないな。誰に言われて動いている」


 でも、鶴羽樹の目的は聞かない。鶴羽樹が現れたときからずっと、黙って従うか、指示を仰ぐか、私の心配をするかしかしていない。どうしてなのだろう。


「あぁー、なに、お前は俺にこんなことされる心当たりがないわけ」

「そうは言っていない。君と俺との関係は確かに覚えがないが、何より先程の理由もあるし、君は二番以降のタイプだからな」


 静かで、落ち着いた声だ。これから何をされるかも分からないはずなのに。


「先頭ではなく、先頭にいる誰かのすぐ後ろを走りたがるタイプだ。自分に動機があっても、動機のある他の誰かと組むだろう。誰と組んだ」


 月影くんの声には、確信があった

 実際、ふん、と鶴羽樹は笑う。ご明察、とでもいうように。


「そうだなぁ。心当たり、あんの?」

「あるが、わざわざこちらから口にする必要はあるまい」

「……中学んときも思ってたけど、なんか面倒くせぇ話し方するよな、お前。ま、どーでもいんだわ。時間も決まってっし」


 時間が決まってる……? 保護者が探しに来ることを危惧しているのなら“時間がない”と言うはず。“決まってる”ということは……?

「じゃー、いっちょクイズでもしてみっか。そのほうが面白ぇじゃん?」

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