第三幕、御三家の矜持
 鶴羽樹に捕らわれたまま、鳥澤くんを目だけで見上げていた。鳥澤くんは私には目もくれず、ただ月影くんを睨んでいた。

 私が人質になっているせいで動けないなら仕方がないとばかりに、月影くんは窓辺に背を預ける。糾弾されているにしては、驚くほど太々しい態度だった。


「君が雁屋(かりや)の幼馴染だったとはな。知らなかった」

「当たり前だろ。だってお前にとって、美春(みはる)はヤれればいいだけの女子の一人だったんだから」


 雁屋美春。幼馴染であることの精一杯の証明のように、鳥澤くんは月影くんと違って彼女を名前で呼んだ。


「別に、そうでなくとも知らなかったとは思うがな。友人の友人は俺の友人ではないのだから、知っていたところで俺には関係のない話だ」

「……なんだよ、それ。お前に下心があったかどうかは関係ないって言いたいのか」

「そう一生懸命怒りを露わにしようとせずとも、君の感情は十分に伝わるが」

「そういう態度が嫌いなんだよ!」


 敢えて空気を読まずに茶化すような月影くんの態度。それを肯定することはできなかったけど、言っていること自体はその通りに思えた。鳥澤くんの穏やかな声音に、その叫び声はあまりに不適当だったから。


「そうやって他人なんか全部同じみたいなこと言ってるのに、だったらどーして美春を選んだ! 生徒会役員の中に手を出してないヤツだっていたのに、どうしてよりによって美春にしたんだ!」

「理由などない」


 そして、そんな鳥澤くんの声とは裏腹に、月影くんの声はいつも通り冷ややかで無関心だった。鳥澤くんの心を一蹴し嘲笑うような言葉に、鳥澤くんは、軽蔑さえも通り越した驚きに満ちた目で返す。


「考えれば分かることだろう? 耐性がなければないほど騙しやすい。勉強と内申のことしか頭になかった彼女は当時の俺にとっていい鴨だった、それだけだ」

「月影ッ!!」

「やめろ」


 その雁屋さんに対するあまりにも苛虐(かぎゃく)な物言いは、わざとなのではないかと思えるほど。激昂した鳥澤くんが月影くんに詰め寄り胸倉を掴めば、意外にも鶴羽樹が鋭い声で止めた。鶴羽樹の腕の中で呆然としている私は、まだどこか状況についていけていない。

 そして、その鶴羽樹の言葉だけで、鳥澤くんは理性的に自分を抑えたらしい。渋々、乱暴ながらも月影くんの胸倉を手放した。


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