第三幕、御三家の矜持
「好きな幼馴染を弄んだ相手を殴ることさえしないとは、随分と俺に優しいな」


 それを嗤う、残酷な表情を、見たことがなかった。


「……挑発には乗らない。ただお前を殴ってすむ話じゃ、ない」


 ゆっくりと、言い聞かせるようにして、鳥澤くんは数歩離れる。


「確かに、君の期待する展開は、ここまで段取りが整ってしまえば容易いからな。ここでみすみす壊してしまうことはない」

「なんだよ、それ。まるで俺のやりたいことが分かってるみたいじゃないか」

「分かっているつもりだが」


 月影くんは変わらず飄々としている。なんなら、少しずれた眼鏡のブリッジを指で押し上げるところまで普段通りで、余裕に溢れて見えた。

 こんな状況で、どうしてそんな態度でいるのだろう──。


「俺達をただ誘拐したいのなら学校などという見つかりやすい場所にするはずがない。ただ、保護者に連絡させたのは、すぐに見つけられるのを避けるためだ。灯台下暗し、ということも考えられるが、散々に与えられたヒントからすれば、“俺達が見つけられること”に意味があるんだろう」


 その意味の内容は私には分からなかったけど、鳥澤くんは無言で肯定する。月影くんのいつも通りの冷たい目が、静かに相手を見据えた。


「俺と桜坂が、深夜、教室で二人きりでいる。巡回でやってきた警備員がそれを見て、不純異性交遊だと思わないはずがないな」


 息を呑んだのは私だけだ。それは月影くんの推測が正解だということを意味する。頭上の鶴羽樹が「ふーん」と笑いを含んだ相槌を打った。


「相変わらず頭の良いことで。遊びも勉強も分かってるヤツはちげーな」

「その心得ついでに助言したいんだが、君達の計画には無理があるだろう。俺達をここに閉じ込めるということは、外から施錠するということ。他人に監禁されたと考えるほうが普通だ」

「この教室の生徒会側の入口は南京錠で施錠する。でも反対側の入口は、元々外側からしか開かない構造だ」


 その構造を分かっていたからこの教室に閉じ込めようとしているのだろう。鳥澤くんの答えに、月影くんは「なるほどな」と素直に頷いた。


「だが、それはあくまで俺達が自主的にこの場に残ったか、閉じ込められたかの可能性を五分にするに過ぎない。俺を()めたいというのなら足りないものがあると思うが」


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