第三幕、御三家の矜持
「そこまでしなくていい。そこまでしてほしいというのなら、俺が自分で言う」

「ばーか、嵌める相手を信用するかよ」

「鳥澤! お前が桜坂にすることは──」

「うるさい!」


 聞きたくない、と駄々をこねるような声が廊下から聞こえた。音からすれば、私達に背を向けている。


「お前さえいなければ、アイツはずっと笑ってた!」


 ──月影くんの表情が、傷ついたものに変わる。

 それに気を取られた瞬間、左胸が乱暴に掴まれた。


「ヤッ──」


 気持ち悪さのあまり上がった悲鳴は、恐怖と悪寒とで声にならなかった。月影くんがはっと私に意識を向けた瞬間、ブラウスのボタンとボタンの隙間にそのまま指を突っ込まれ、乱暴にシャツが引きちぎられた。


「あ、そうだ、お前らのスマホは下駄箱にでも返しといてやるよ。俺、ヤッサシーイ」


 私の体には何の価値もないかのように、私の制服を破ったことには何も言わなかった。次いで、ナイフが首から離されたかと思うと背中を突き飛ばされる。転びそうになった体は、慌てて駆け寄った月影くんに抱き留められた。ひゅー、と下品な口笛が背後から聞こえる。


「女子に優しくなったな。あー、いや、そっから捨てるまでがセットか」


 ビクン、ビクン、と体が痙攣(けいれん)するように震えていた。ぎゅ、と、無事なコートを掴んで胸元を隠す。


「どーせ言い逃れできねーし、その恰好見てヤリたくなったらヤッたほうがお得だぜ。胸は合格だったしな」


 ピシャリと、扉は閉められた。

 はっ、はっ、と、自分の荒い呼吸だけが聞こえる。私を抱き留めた月影くんの手は早々に私から離れていたせいで、一人で自分を抱きしめていた。

 鶴羽樹の手の感触が少し薄れ、漸く辺りを見回す余裕ができた頃、室内は少し暖まっていて、隣の月影くんはどこからともなく引っ張り出してきたらしい椅子に座っていた。ご丁寧にもう一脚用意されていたので、私も隣に座る。


「すまないな」


 そして、徐に口にされた謝罪に顔を上げる。月影くんは窓辺に肘を乗せて頬杖をついていた。お陰でその顔は半分しか見えない。


「鳥澤の件は、俺達の誰もが君を罠に嵌めるためだとばかり思っていた。俺との接点を考え付かず、油断したのは俺達の責任だ」

「別にそんな……」

「何より、まさか俺のせいで君を巻き込むとはな」


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