第三幕、御三家の矜持
 その処分を望むお父さん像は、頑固で真面目な月影くんから想像するままだった。きっと、曲がったことを許さない、過ちに対しては誠心誠意の対応を尽くさせる人なんだろう。


「だから君は、女子から精一杯の同情を受ける準備でもしておけばいい」

「寧ろ月影くんに襲われたなんて嫉妬で刺される気しかしないんですけど」

「それは知らん、自分でどうにかしろ」

「そんな!」


 だって間違いなく最大のとばっちりはそれだ。月影くんにあんなことやこんなことをされたなんて羨ましい、と睨まれる自分が目に浮かんだ。


「……まぁ、鳥澤がどこまで考えてやったかは知らんが。見事だな」


 これで話は終わりだとばかりに、ふいっと月影くんはそっぽを向いた。

 聞こえるのは、静かにゴー、と言う暖房と、チッチッチと言う月影くんの腕時計の音だけになった。椅子に座り込んで暫く経った後、月影くんの腕をむんずと掴んで時計を見ようとすると振り払われた。


「二十時三十二分だ」

「これが忖度……!」

「君にも俺の心中を図って腕を掴むより時刻を尋ねるべきだと分かってほしかったがな」

「……ねぇツッキー」


 ただ呼んだだけのつもりだったのに、どうしてか、ポツンと、床に雫が落ちるような声になった。


「どうして、鳥澤くんにあんな態度とったの」

「あんな態度もこんな態度もない。事実を告げただけだ、二度も言わせるな」

「……違うよね?」


 畳みかけても、月影くんは私を見なかった。コートを羽織って、膝の上で頬杖をついて、ただぼんやり、まるで断罪のときを待つように(たたず)んでいる。


「……だって、態度も台詞も、全部わざと鳥澤くんを怒らせようとしてた」

「彼が俺を殴ればこの計画は台無しだと思っただけだ」


 淡々とした声は、嘘か本当か分からなかった。


「俺の顔に打撲痕があれば、俺が桜坂をここに引きずり込んだのではなく、誰かが暴行の上で俺と桜坂を閉じ込めたのだという俺達の主張に説得力が増す」


 その理屈は、まさに理に適っている。実際、そう考えれば、鶴羽樹が鳥澤くんの行動をやめさせたのも、鳥澤くんが簡単に月影くんから手を離したことも納得がいく。

 それでも、どうしても、月影くんが雁屋さんを襲ったとは思えなかった。


「それにしても、暇だな。勉強くらいしかすることがない」


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