第三幕、御三家の矜持
「そんな偏見は持ち合わせていないし、寧ろ漫画は好きだな」


 その感想の通り、月影くんは黙々と漫画を読み始める。その横顔をじっと見ていても、「なんだ」とすら言ってくれない。

 それが、どうしても、月影くんが何かを隠しているようにしか思えなかった。

 それから、暫く過ぎた。月影くんは二、三回、漫画を取り換えるために立ち上がった。黙々と月影くんが漫画を読む隣で、私はただ座っていた。月影くんが何を隠しているのか考えを巡らせれば巡らせるほど、漫画を読んでも頭に入ってくる気なんてしなかった。

 そして、カタン、と。扉に手をかける音がして、二人で顔を上げた。廊下を誰かが懐中電灯で照らしている。


「おでましだな」


 ぱたん、と月影くんは漫画を閉じ、元に戻した。ひょいと羽織っていたコートも椅子にかける。


「当直の警備員だろう。君は俺に襲われかけたところを警備員に見つけてもらえたお陰で未遂に終わった、以上だ」

「……私、そんなこと言わないよ」

「馬鹿か?」

「馬鹿じゃないから言わないんだよ」


 冷ややかな目を睨んだ。その冷たい目の奥に、何を隠しているのかは分からないけれど、鳥澤くんの思惑に乗る気にはなれない。


「鳥澤くんに閉じ込められたって言おうよ」

「そんな弁解に説得力はない。そのための写真だ。制服はおまけだな」

「でも言うだけ言えば」

「言い訳にしか聞こえん言説を下手に繰り広げても効果はないどころかその逆だ」


 でも、そんなの月影くんらしくない。理不尽なことを黙って受け入れるようなタイプじゃない。私には思いつかないけれど、きっと何かいい言い訳を月影くんなら探し出せるはずだ。それなのに早々に鳥澤くんの策に乗ってこの場を終わらせようとしている。

 それはまるで、処分を受けたがっているように見えた。

 でもやっぱり、月影くんがその真意を私に教えてくれることはなく。

 カコン、と南京錠の開く音が響いた。


「あれ?」


 パッ、と懐中電灯の明かりに照らされる。眩しさに二人揃って目を瞑ると「えー? あれ、えー?」と聞き覚えのある声が不思議そうに繰り返す。


「亜季と月影くん、新手の虐めでも受けてるの?」


 ……この学校で、私を名前で呼ぶ女子は、一人だけだ。


「……ふーちゃん」


< 328 / 395 >

この作品をシェア

pagetop