第三幕、御三家の矜持
 少し、呆然とした声が出た。本当は心底助かったのだけれど、あまりに唐突な出現に驚きのほうが勝ってしまった。なんなら隣には背の高い知らない男の人までいる。懐中電灯を持っているのは彼だった。

 私の隣の月影くんはといえば、太々しく椅子の背に凭れている。


「……薄野か。何をしにきた」

「あー、それ私の漫画でしょー!」


 男子は命じられたように扉の脇から動かない。ふーちゃんは、月影くんがさっきまで漁っていた棚を漁りながら月影くんの手元を指差す。


「面白いでしょ? はまってるなら続き持って帰っていいよ」

「いや、今度にする。そういえば」


 月影くんは、ふーちゃんに持っていた漫画を手渡しながら、奇妙なことを告げた。


「先週借りた『good bye my...』の漫画版、よかった。明日返す」


 ……月影くんと、漫画を貸し借りしている?

「でしょー? 原作が小説だと漫画が結構残念に仕上がっちゃうこともあるんだけどさ、さすが数々の名作の絵を担当してきただけあるよねー」


 でも、ふーちゃんは月影くんにはいつも何も話しかけずに立ち去ることが多かった。

 その代わり、ふーちゃんは図書役員で、月影くんは時々図書館を利用していた。


「あ、そうそう、あたしが何しに来たかでしょ?」


 唖然としてふーちゃんを見つめる私に勘違いしたらしく、ふーちゃんは大判の漫画を一冊取り出して私に見せた。


「明日、二年ぶりの新刊の発売日なの! さすがの私も二年ぶりとなるとどこまで読んだか思い出せなくて、復習しに来たんだよねー。あ、あれは執事の深古都。年は三つ上で、いま大学生だよ」


 無言でぺこりと頭を下げて見せる。懐中電灯のお陰で僅かに見えるその顔は彫刻のような整い方をしていた。松隆くんも顔は綺麗だけれど、どちらかというと松隆くんは硝子細工のようで、柔弱さこそないものの、どちらかというと“綺麗”という印象を受ける。ふーちゃんの執事さんはどちらかといわずとも精悍な顔つきだ。真っ黒い髪も隙を見せようとすまいかのようにぴしっと固められていて、いかにも模範的な執事として想像される類の容姿だ。無表情だけれど不機嫌そうには見えない。

 なんてことはどうでもよく、執事がいる家って、現代にあるのか。心の中ではそう愕然といした。それに何よりも。


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